近未来都市の幽寂

近未来都市の幽寂

サブブログ。転載・メモ用途。

回帰2 目覚め

830 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:00:10 id:i66qlXSQ0

木島氏の指定した待ち合わせ場所に居たのは、意外すぎる人物だった。
50代半ば程の年恰好。
暗い店内にも拘らず、濃い色のサングラスを外そうとしない男に俺は言い尽くせぬ懐かしさを感じていた。
彼には、話したい事も、聞きたいことも山ほどあった。
だが、全ては後回しだ。
何よりも重要な用件が俺には有った。
そのために俺は、この日を待ち続けていたのだ。
「俺は待ったぞ。 約束だ、マミを帰して貰おうか? 今直ぐにだ!」
「まあ、そう慌てるなよ。 まずは、席に着いたらどうだ?」
冷静な男の声が俺の神経を逆撫でた。
「……すまないな。事情が有って、彼女を帰す訳には行かなくなった」
サーっと、血の気が引いてゆくのが判った。
焦燥と共に、激しい怒りや殺意、憎悪が俺の血管の中で沸騰した。
「ふざけるなよ? 舐めた事を抜かすと、幾らアンタでも容赦はしないぞ?
話が違う! どう言う事なんだ、答えろよマサさん!」


831 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:02:28 id:i66qlXSQ0

2月某日
白い朝の光に包まれて、俺は目覚めた。
「おはようございます、XXさん。 今日も良い天気ですよ」
若い女が、そう俺に声を掛けてきた。
状況の飲み込めない俺は、錆付いた言語中枢と舌を駆使して、たどたどしい言葉を発した。
「ここは……どこだ?」
女が驚いた表情で俺の顔を覗き込んだ。
彼女の眼から、大粒の涙が落ちてきた。
「少し待っていてくださいね!」
そう言うと、彼女は慌しく部屋を出て行った。
どうやら、俺は前年末から眠り続けていたらしい。
数週間前に意識を取り戻したが、外界に反応を示さず、ただその場に居るだけの存在と化していた……ようだ。
ただ、目覚めはしたものの、俺の中は空っぽだった。
何も思い出せない。
目に見える全て、耳に聞こえる全てに強烈な違和感があった。
いま、俺がいる此処は何処だ?
俺の目の前にいる人々は誰だ?
そして、俺は誰だ?
俺は、鏡の中に映る己の姿にさえ強烈な違和感と嫌悪感を感じずにはいられなかった。


832 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:06:18 id:i66qlXSQ0

俺が今いる場所は、俺が育った家らしい。
目の前の老夫婦は俺の両親だということだ。
二人は俺をXXと呼んだ。
俺の名前か?
だが、強烈な違和感があって、とても自分の名前だとは思えない。
そして、甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれている若い女
老夫婦を『お父さん』『お母さん』と呼ぶ彼女は、俺の妹ということか?
だが、『マミ』と名乗るこの女に、俺は最も強烈な違和感を感じていた。
彼女の姿、声、触れられた指の感触……全てに、耐え難い違和感があった。
他の者からは感じられない、ざわざわとした何かが俺のなかに沸き起こった。
それが、恐怖なのか嫌悪なのかは、すべてを忘れてしまっていた俺には判らなかった。
ただ、ひたすらに居心地が悪かった。


833 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:08:02 id:i66qlXSQ0

マミは、朝、俺が目覚めてから、夜、眠りに就くまで付きっ切りといった按配で俺の身の回りの世話をし続けた。
20歳前後の年格好の彼女が、何故そこまでするのか、俺には理解不能だった。
俺の見舞いに訪れた二人の女……俺の姉と妹と名乗った女達にも違和感を感じた。
眼鏡をかけた長い黒髪の小柄な女が素子。俺の姉らしい。
背が高く、髪をベリーショートにした、見るからに勝気そうな女が久子。妹のようだ。
二人の体格や雰囲気は大分違っていたが、顔立ちは良く似ていた。
俺のきょうだいだとは信じられなかったが、二人が姉妹なの間違いなさそうだった。
そして、二人の顔立ちは俺の『母』にも良く似ていた。
だが、マミの顔立ちは二人とはかなり違っており、姉妹とは思えなかった。
違和感は消えなかったが、俺は徐々に家や両親、素子や久子の存在に『慣れて』いった。
だが、マミに感じていた違和感は強まりこそすれ、彼女の存在に慣れることは無かった。
マミが心根の優しい娘である事は直ぐに判った。
まだ幼さの残る容姿も、細過ぎる嫌いは有ったが、美しいと言えるだろう。
だが、彼女に甲斐甲斐しく世話をされるほどに俺の感じる違和感……嫌悪感は強まっていた。
理性の部分では彼女に感謝していたが、彼女の存在は俺にとって苦痛でしかなかった。
何故?
父も母も、素子や久子、そしてマミも、意識を失う以前の俺の事を何も教えてくれなかった。
錆び付いていた心身の回復に伴って、俺の中に耐え難い焦燥感が生じ、大きくなっていった。


834 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:09:25 id:i66qlXSQ0

目覚めてから1ヶ月、日常生活に支障が無くなった頃に、一人の青年が尋ねてきた。
何か大きな事故にでも遭ったのだろうか、膝に装具を着け、松葉杖で歩く彼は『イサム』と名乗った。
彼との関係も思い出すことは出来なかったが、イサムは俺を『先輩』と呼んだ。
彼の存在は、俺にとって不快なものではなかった。
俺が眠り続けている間も、怪我を押して2度も見舞いに訪れてくれていたらしい。
俺にとっては初対面同然だったが、イサムとはウマが合った。
同時に、なんとなく判った。
俺の見舞いを口実にしては居るが、イサムはマミ逢いたくて此処に来ているのだと。
……お似合いじゃないか。
イサムの不器用さを微笑ましく思うと共に、俺は何故か一抹の寂しさを覚えていた。
理由は判らなかったが。


835 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:11:42 id:i66qlXSQ0

俺が引き止めて、2・3日逗留していたイサムが帰って行った日の晩の事だ。
俺は、喉の渇きを覚えて目が覚めた。
何か飲もうと、部屋を出て1階のキッチンへと向かった。
階段を下りると居間に誰かがいる。
マミだ。
こちらに背中を向け、ソファーに深く身を沈めていた。
光取りの窓から街灯の光が入り込み、真っ暗ではなかったので階段の灯りは点けていなかった。
イヤホンで何かを聞いていたらしく、マミは俺に気付いていなかった。
……マミは、肩を震わせて泣いていた。
胸が締め付けられた。
比喩的な意味ではなく、本当に胸が痛んだ。
マミを泣かせている原因が、恐らく俺自身であることを考えると、いたたまれなかった。
このまま跡形もなく消滅してしまいたい……。


836 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:13:30 id:i66qlXSQ0

立ち尽くす俺に、マミが気づいた。
慌てたように涙を拭い、明らかに無理をして作った明るい声で言った。
「XXさん、こんな時間にどうしたの?」
「ちょっと喉が渇いたのでね。マミは……こんな時間まで起きてたの?」
「はい、ちょっと眠れなくて……」
……気まずい空気が流れていた。
『何で泣いていたの?』と聞ける訳もなく……だが、泣いているところを見てしまったのはマミにもバレているだろう。
ふと思いついて俺はマミに言った。
「何を聞いていたの?」


837 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:15:26 id:i66qlXSQ0

「これですか?何の曲かは知らないのですけど、気に入っているんです」
「聞かせてもらってもいい?」
「どうぞ」
俺は、マミからプレーヤーを受け取り、イヤホンを耳に嵌めて曲を流し始めた。
単純な旋律が続くピアノ曲だった。
曲名は判らないが、何処かで聞いたことがある曲だ……何の曲だ?
やがて、曲が流れ終わると、何故か、俺は激しい頭痛に襲われた。
「どうしました?」マミが心配そうな表情を俺に向けた。
「何でもない。音量が大き過ぎたみたいだ。いい曲だね」
「……はい」
「もう遅いから寝ないと……おやすみ、マミ」
「おやすみなさい……」
マミは、じっと俺の顔を見つめながら、淋しげな表情を見せた。
 
頭痛を抱えたまま、俺は床に戻った。
あの曲は何だったのだ?
疑問を感じたまま、やがて俺は眠りの中に落ちていった。


838 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:18:12 id:i66qlXSQ0


昨夜の激しい頭痛は治まっていた。
その朝は、いつも7時丁度に起こしに来るマミが姿を現さなかった。
階段を下り、1階のキッチンへ行くと、朝食が用意されていた。
だが、誰もいない。
珈琲を淹れて飲んでいると、テーブルの上に置かれたmp3プレーヤーが目に付いた。
マミの物だ。
そして、不意に、昨夜に聞いた曲と共に、俺は全てを思い出していた。
……何てことだ!
何故、忘れていたんだ!
胸の奥から溢れ出てくる熱いものがあった。
意識が戻って以来、晴れることのなかった『靄』が消え、『現実感』が戻っていた。
だが、同時に俺は深い絶望感に囚われていた。
『あの日』マミが俺に向けた、あの表情……『恐怖』に歪んだ表情を思い出したのだ。
マミに激しく拒絶された、あの絶望感と喪失感を。


839 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:21:41 id:i66qlXSQ0

前の晩に聞いた曲は、イサムに託したUSBメモリーの中に俺が入れて置いた曲だった。
ファイルには財産目録や遺言書のコピー、そして、マミに宛てた遺書が書き込まれていた。
俺に何かあったとき、マミに渡して欲しい……そう、頼んであったのだ。
そして、俺はこの曲を使って自己暗示を掛けていた。
この曲を切っ掛けにして、全ての記憶を思い出す精神操作だ。
……深い瞑想時に、深層意識下で見たり聞いたりしたものを覚醒後に思い出す為の技術の応用だ。
この曲は、長年、俺が使い続けて来た曲でもあった。
役立つとは思っていなかったが、一縷の望みをかけて自己操作を行っていたのが功を奏したのだ。
  
俺は、目論見通り、『定められた日』を回避する事に成功していた。
だが、その事に何の意味がある?
俺は、足掻いた。
全力で。
しかし、俺の足掻きは彼女を決定的に傷付ける結果となってしまった。
俺には、もう、彼女に触れ、愛を囁く勇気はなかった。
記憶のない俺に、マミは献身的に尽くしてくれた。
俺の記憶が戻らなければ、あるいは、徐々にでも新たな関係を構築する事も可能だったのかもしれない。
だが、それは叶わない。
俺は、マミにとっては恐怖と嫌悪の対象。
『あの日』と同じ自分でしかないのだから。


840 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:24:34 id:i66qlXSQ0

誰も居ない家の中で、俺はジリジリとしながらマミと両親の帰宅を待った。
そして、何となしにマミのMP3プレーヤーをもう一度聞いてみた。
中には一曲だけ、昨夜のピアノ曲とは違う、聴いたことの無い歌が入っていた。
歌を聴いて、俺は目の前が真っ暗になるのを感じた。
マミは、もう帰ってこないのではないか?
俺の悪い予感は的中した。
昼前に、両親だけが戻ってきた。
俺は両親に「マミはどうした?」と尋ねた。
嫌な予感に俺の声も体も震えていた。
父が答えた。
「マミちゃんは、木島さんと一緒に行ったよ。。。」
俺が予想していた中でも、最悪の回答だった。
体の内側から弾け出すものに訳が判らなくなって、俺は泣き叫んだ。
「何故だ! 何故行かせた!」


841 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:27:06 id:i66qlXSQ0

連れ戻してやる、そう思って家を飛び出そうとした俺を父が制した。
「何処へ行くつもりだ?」
「決まっているだろ? マミを連れ戻しに行くんだよ。離してくれ!」
「駄目だ」
「何故?」
「これは、あの娘が決めたことだからだ。 誰でもない、お前のためにな。
お前の為に、あの娘は木島さんたちと契約したんだ。
それを、お前が無駄にしてはいけない」
 
意識を失ったままの俺を目覚めさせる為、組織が動員を掛けて多くの人が関わったらしい。
霊能者の天見琉華を中心に、奈津子や木島氏の次女・藍、仕事でガードした事もあるオム氏の娘・正愛(ジョンエ)。
イサムの姉の香織や、組織に全く関係の無い、ほのかや祐子も俺を目覚めさせる為に手を貸してくれたようだ。
何が行われたのか、詳細は判らない。
ただ、その交換条件が、一定期間、マミが木島氏たちの下に身を置く事だったらしい。


842 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:29:28 id:i66qlXSQ0

俺は、組織を恐れていた。
未だ目覚めては居ないものの、マミは組織が探索していた『新しい子供』の一人……らしいからだ。
だが、他方で、俺に何かが有った時、マミの身の安全の保証を頼めるのも、木島氏達の組織しかなかった。
だからこそ、俺は古くからの友人であるPではなく、イサムにマミのことを頼んだのだ。
可能であれば力ずくでも、組織の人間を一人づつ的に掛けてでも、マミを探し出し取り戻したかった。
だが、萎え切った今の俺の心身では不可能に近い。
俺は、父に尋ねた。
「マミは、戻ってこれるのか?」
「ああ、そう聞いている。あの娘が望めばな」
「そうか。。。」
「今は耐えて、待つしかない。
あの娘は、絶望的な状況でお前が目覚めるのを待ち続けたんだ。
あの娘は耐えた。お前が目覚めてからも、耐え続けた。
誰のためでもない、お前のためにな。
今は、お前が耐えろ。お前が出来る事はそれしかない」


843 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:31:32 id:i66qlXSQ0

「あの娘と暮らした思い出の詰まった家じゃ、居辛いでしょ?
私の所に、いらっしゃい。あの娘が戻ってくるまで。
少しの間だけ、また一緒に暮らしましょう。……学生の頃みたいに、ね?」
という、久子の言葉に甘えて、俺は実家を出て久子のマンションに身を寄せた。

来る日に備えて、俺は『修行』を再開した。
時間だけはあるのだ。
「いつも家に居て、炊事・洗濯、家事一般をやってくれるなら、稼いでこなくても幾らでも食わせてやるわよ」
「おいおい、俺に専業主夫をやれと? んっ?前にも、同じような台詞を聞いたな。。。」
「一番大事な『かわいい』って条件は満たしていないけれど、大目に見てあげる。
家事一般は、お兄ちゃんの方が上手いもんね」
「姉さんに厳しく仕込まれたからな。……お前、調子の良い事を言って、そっちが目的だったんだろ?」
「あら、今頃気付いたの? 鈍いわね」


844 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:35:39 id:i66qlXSQ0

久子の許に身を寄せて3ヵ月。
木島氏と約束した日の前夜。
眠れぬまま横になっていた俺の布団の中に久子が入ってきた。
そして、無言のまま、背中から抱きついてきた。
「……おい、何だよ?」
「……ごめん、少しでいいから、このままで居させて」
背中で久子が泣いているのが感じられた。
やがて久子は泣き止み、口を開いた。
「いよいよ、明日ね」
「ああ。 ……なあ、マミは帰ってくると思うか?」
「判らない」
「そうだよな。
嫌な事を思い出させて悪いんだが、あの事件の後、お前、俺のことを酷く怖がっていたよな?
……俺は、そんなに怖かったか?」
「……怖かったよ。お兄ちゃんが、私のせいで、私の知っているお兄ちゃんじゃ無くなっちゃったんじゃないかって」
「そうか。。。」
「頭では判っているの。例え『鬼』になっても、お兄ちゃんが女の子に手を挙げる事は無いってことは。
むしろ、お兄ちゃんが『鬼』になるのは、誰かを守りたいからなんじゃないかな?
でも、怖いのよ。 理屈じゃないの。
特に、マミちゃんは、私なんかと比べようが無いくらいに傷付けられているから、理屈抜きに怖かったんだと思う」


845 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:39:10 id:i66qlXSQ0

「そうか。。。」
「うん。……そして、物凄く後悔していると思うんだ。
お兄ちゃんを怖がって、拒絶してしまった事を。傷つけちゃったことを。
……ごめんね。お兄ちゃんは、私を助けてくれたのにね。。。」
「泣くなよ。……過ぎたことだ、気にするな。アレだけの事をやっちまっったんだから、むしろ当然の反応だよ。
それに、俺自身が怖いんだよ。時々歯止めの利かなくなる、際限なく冷酷になれる自分が。
何かの拍子にコントロールを失って、お前やマミに矛先を向けてしまうんじゃないかって。。。」
「それは無いよ。 絶対にないって!
でも、どんな結果になっても、あの娘の事は許してやって」
「むしろ、許しを請わなければならないのは俺の方だよ。
でも、例え俺が拒絶されたとしても、アイツはやっぱり連れ戻さなきゃいけない。
頼むな。マミの事を一番判ってやれるのは、やっぱりお前なんだよ」


846 :回帰2 目覚め ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/24(金) 01:40:58 id:i66qlXSQ0

マサさんは言った。
「すまない。……予定では、もっと早く帰して遣れるはずだったんだ。
想定外の事態だ。
我々も、あの娘を救いたい。 一緒に来てくれないか?」
マミに、ただならぬ事態が生じているらしかった。
俺は、マサさんに同行した。


つづく