近未来都市の幽寂

近未来都市の幽寂

サブブログ。転載・メモ用途。

回帰5 呪いの地へ再び

910 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:24:38 id:bz1odVGo0

マミの治療は、マサさんが呼び寄せたチェンフィに引き継がれた。
俺の治療で縁の出来たチェンフィには、月に1度ほどの頻度で姉の診察・治療もして貰っていた。
人見知りの激しいマミもチェンフィとは面識が有ったので、比較的すんなりと治療に入れたようだ。
彼女の腕は確かだ。
マミの体のことは、安心して任せておけた。
 
俺はその日、天見琉華の呼び出しを受けていた。
マサさんと共に、彼女の教団本部に赴くと、其処には例の3人の子供達が来ていた。
やがて、天見琉華が姿を現した。
俺は、まず彼女に礼を述べた。
「礼なんて無用よ。
私は貴方を何度も危険な目に遭わせてきたのだから。
むしろ、膨大な借りが残っている。
それに、貴方やマミさんのことは、こちらの都合でもあるのだから、気にしないで」
実のところ、かなり緊張して赴いていた俺は拍子抜けしていた。
これまでの彼女のイメージと懸け離れた印象だった。
俺のそれまでの天見琉華へのイメージは、出来れば関わりを持ちたくない、冷酷で恐ろしい人物だった。
実際、彼女によって俺の手に余る危険な仕事を『押し付けられた』ことは1度や2度ではない。
我ながら、よく今日まで生き残れたものだと感心する。
彼女と彼女に関わる全てが俺にとって不吉だった。


911 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:26:56 id:bz1odVGo0

だが今、目の前にいる彼女は、柔らかい、孫とでも遊んでいるのがお似合いの、ただの老女だった。
一木耀子と似た優しい雰囲気を醸し出していた。
慶が言っていた。
『組織』の上層部は既に『呪術』を捨ててしまっていると。
これほど変わってしまうものなのか?
俺は、驚きを隠せなかった。
そして、改めて確信した。
『呪術』とは、人を不幸にしかしない、自分自身を傷付ける自傷行為に他ならないのだと。
マサさんの息子が俺に話しかけてきた。
「オジサン、『例の言葉』は見つかった?」
「ああ。『全てを許し、その存在を許容する』と言った所かな?」
「まあ、ほぼ正解。それを他人だけでなく、自分自身にも適用できれば良いのだけどね」
「自分自身に?他人にではなくて?」
「そう。他人を許すことはそんなに難しいことじゃない。許すと『決めて』しまえばいいんだ。
でも、自分自身を許すことは何倍も難しいよ。
マミを見れば判るでしょ?オジサン自身も自分の事を許せていないじゃないか」
「そうかな?」
「そうだよ。まあ、自分自身を完全に許せている人なんて、いないと思うけどね」
「だろうな」


912 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:29:32 id:bz1odVGo0

俺は、天見琉華に尋ねた。
「俺の死期とされていた『定められた日』って何だったんだ?」
「貴方も『瞑想者』なら気付いているはずよ?
勿論全ての『瞑想者』が気付いている訳ではないでしょうけど。
でも、貴方になら判るでしょう。
あなたが眠りに付く前と後では大きく変わった事があるはず」
「それは、『障壁』の事か?」
「そう、深い精神の階層との壁が一つ、消えてしまった」
「そうか、……あれは、俺の個人的な事象では無かったんだな」


913 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:30:51 id:bz1odVGo0

瞑想状態に入り込むと、ある一定の深度から先の段階で見たり聞いたりしたものを記憶に残す事が非常に困難となる。
同時に、昼間の顕在意識下での思考や意思をその先の瞑想深度で保持し続ける事も困難だ。
その境界を仮に『眠りの壁』と呼ぼう。
正にその名の如く、『眠り』が壁になってしまうのだ。経験のある人も多いだろう。
ただ、この壁を乗り越えることはそう難しい事ではない。
瞑想を繰り返せば『壁』自体が弱くなるし、一定の方法を知り訓練を重ねれば普通に思考する事も可能だ。
だが、次の段階にある『壁』は難物だ。
仮に『音の壁』とでも呼ぼうか?
この壁の向こう側では、言語による論理的思考は不可能だ。
人間は言語により思考する動物だから意識を保つ事も難しい。
言語で思考できない領域だから言葉で表現することは非常に難しい。
この領域ではバイブレーション、敢えて言うなら音の高低やリズム、音質で……『音楽』で思考する。
感情の起伏も『音』に顕著な影響を与える。
多くの宗教に様々な形で『音楽』が取り入れられているのは、この段階の精神階層にアクセスする為ではないかと俺は考えている。
俺は、この階層の瞑想中に聴いた『音楽』を持ち帰った。
そして、それを再生・演奏したものを繰り返し聞いて身に付けた。
イサムに託したUSBメモリーに入れてあった音楽ファイルだ。
あの音楽に、瞑想中に見聞きしたものを『感情』を『接着剤』に使って結び付けて記憶し、顕在意識下に持ち帰っていたのだ。


914 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:33:56 id:bz1odVGo0

一昨年末に、大きな変化が生じたという。
音の世界に『言葉』が混入し始めた。
曲に歌詞がついて『歌』となり、音の世界の音楽に混入し始めた、とでも言えば良いのだろうか?
今回、俺はこのように表現したが、瞑想のやり方は色々だし、感じ方もそれぞれ、表現も人によるだろう。
他人がどう表現するのか、俺にとっても興味深いのだが。
だが、確かに大きな変化が生じたようなのだ。
そして、変化の結果、人間の顕在意識下での思考が、言語による思考がより深い階層の意識に届き易くなってしまったらしい。
これは恐ろしい事態だ。
『願い』や『呪詛』が叶い易くなってしまったのだ。
より深い階層から、大きく強いうねりとして。
『願い』は良い。
潜在意識にアクセスする術を持つ者は、より早く、より強く自己の欲望を実現して行くだろう。
そして、恐らく、この精神の深奥を利用する術に気付くか気付かないかで、人々の間に新たな二極分化が生じるだろう。
問題は『呪詛』だ。
以前に書いたように、自己も他人も同じ生命体の一部。
他人を傷付ける事は、自己を傷つけることに等しい。
自己も他人も相対的なものだ。
違いがあるとすれば、それは呪詛の発信源からの『距離』か?
上手い表現が見つからない。
これまでの『呪詛』のエネルギーは、浅い階層を徐々に弱まりながら同心円状に広がっていった。
相手に当たった呪詛のエネルギーは跳ね返って自分にも戻ってきた。『呪詛返し』だ。
だが、『変化』の後、状況は変わった。


915 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:35:28 id:bz1odVGo0

浅い池の表面を叩くのではなく、深い池に重い石を投げ込んだ時、高く水柱が立つように、呪詛は仕掛けた者に直接降り掛かるようになったのだ。
今後、他人に呪詛を仕掛ける者は、恐らく、予想外の激烈な形で滅びを迎えるだろう。
俺は思う。
これは恐らく、『生命の樹』に備わった免疫反応なのだ。
他人に呪詛を仕掛ける存在を……『生命の樹』を傷つける『癌細胞』をより効果的にデリートするための。
先に延ばされた、次の変化のために。。。
俺には、これといった欲望は無い。
マミや他の家族と、仲の良い隣人に囲まれながら、平和に穏やかに暮らしたいだけだ。
だが、大人しくしているだけで、多分、俺の中には今尚住み着いているのだ。
激しい憎悪を内包した『鬼』が。
『鬼』の憎悪や怨念は、俺とマミの平穏を何れ破壊するだろう。
一度は『滅び』を免れたが、今尚俺は『生命の樹』を傷つける『癌細胞』の一つなのだ。
目を逸らして、知らない振りをしても無駄だ。
真の意味で『鬼』を鎮めなければならない。
和解しなければ。
既に途絶えているはずだった、俺の一族が今日まで存続し続けたのは、その為だったのかも知れない。


916 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:38:26 id:bz1odVGo0

「カズキ、お父さんに頼んで、コンタクトを取って欲しい人がいるんだ」
「行くんだね?」
「ああ。お前達には、全てお見通しだったな」
「まあね。お父さんにはもう頼んであるよ」
「そうか」
「おじさんが、本当は『赤い人』なのか『青い人』なのか、見極めさせてもらうよ」
マサさんが再会してから一度も外さなかったサングラスを外した。
マサさんの両眼は、俺が榊家に向かう直前に、マサさんの息子が見せたのと同じ青い光を帯びていた。
「この光が見えるということは、オジサンも僕らと繋がっていると言う事なんだよ」
「だから、俺は知らないはずのマミの治療法を知っていたんだな」
「そういうこと」
「マミを介して、オジサンは僕らと繋がっている。
オジサンが『赤い人』なのか『青い人』なのかは、まだ判らない。
マミが目覚めないのは、その為だろうね」
『赤い人』とは、多分、鏡に映った、夢の中でマミを手に掛けた、『鬼』の事なのだろう。


917 :回帰5 呪いの地へ再び ◆cmuuOjbHnQ:2014/01/31(金) 05:40:41 id:bz1odVGo0

「マミの為にも、オジサンには『青い人』になって欲しいな。
無事に帰ってきて、『今度は』セイジにオジサンの空手を教えてあげてよ。
あいつはオジサンの事が大好きなんだ。マミのこともね。
くれぐれも『赤い人』には気を付けて」

俺たち一族にとっては、捨て去った筈の呪いの地。
かつて、その地で俺たちに向けられた『呪詛の視線』を思い出し、俺の掌には冷たい汗が滲み出していた。
其処に何が待つのかは判らない。
だが、俺は行かなくてはならない。
俺たち一族を呪い続ける人々との『和解』のために。
それが、坂下家同様に、既に絶えていた筈の俺たちの一族が存続し、俺が今日まで生き延びてきた理由だと思えるからだ。 
今度こそ、逃げる訳には行かない。
逃げた先に安住の地はない。
今度こそ、手に入れるのだ。
マミや家族との平穏な暮らしを。
俺は父の実家のあった『田舎』、怨念の地へ向かう事にした。
  
 
おわり