近未来都市の幽寂

近未来都市の幽寂

サブブログ。転載・メモ用途。

シャンバラ

114 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 05:59:23 ID:???0

そこはキムさんの持ちビルの一室だった。
照明は落とされ、明かりは蝋燭の炎だけだった。
ガラス製のテーブルの上には注射器とアンプル、アルミホイルを巻かれたスプーンが置かれていた。
キムさんが「大丈夫か?注射にするか?それとも、もう一度鼻から行くか?」と声を掛けてきた。
俺は、朦朧とする意識で「注射で」と答えた。
塩酸ケタラール・・・2005年12月に麻薬指定が決定され、2007年1月1日より施行されたが、この時点では合法な麻酔薬の一つに過ぎなかった。
時間感覚が消失していたが、その30分ほど前、俺はアンプルの液体を蝋燭の炎で炙って得られた薄黄色の針状結晶を鼻から吸引していた。
テーブルの上でテレカで砕いた結晶を半分に切ったストローを介して一気に吸い込むと鼻の奥に強烈な刺激が走り、やがて俺の意識はブラックアウトした。
朦朧としながらも意識を取り戻した俺に、キムさんはアンプルから吸い上げた薬液を注射した。
シリンダーが押し込まれると、ゴォーッという大音響と共に俺は深くて暗い穴の奥に吸い込まれて行った・・・

俺がケタミンという、マイナーなサイケデリック系のドラッグを試したのは「仕事上」の必要から、擬似的な臨死体験とも形容される幻覚体験を得るためだった。
薬物による幻覚体験の中で意識を鮮明に保つ必要があったのだ。
事の発端は、キムさんが知り合いの女霊能者から請けた仕事だった。


115 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:00:11 ID:???0

俺はキムさんに伴われて、ある女霊能者の元を訪れた。
日を改めて書きたいと思うが、キムさんと女霊能者との間には只ならぬ関係がある様子だった。
女霊能者は俺たちを奥の部屋に通した。
部屋には「治療中」だという一人の男がいた。
男は、狂気を湛えた獣のような眼光を俺たちに向けていたが、骨と皮ばかりに痩せ衰え、カサ付いた皮膚からは精気と言うものが一切感じられなかった。
何か質の悪い「憑物」に取り付かれているのは明らかだったが、憑物の正体に付いては俺には伺い知れなかった。
それよりも気になったのは、枯れ果ててしまったかのような男の精気のなさだった。
この男の精気のなさに俺は思い当たる事があった。
これは、「房中術」によって精気を抜き取られた成れの果てなのではないか?
「房中術」について、俺には苦い記憶があった。
初めてマサさんの下で修行した折に、娑婆に戻ったばかりの俺は、聞き覚えた「房中術」を知り合いの風俗嬢で試した事があるのだ。
マサさんの警告を無視して1週間ほど彼女と交わり続けた俺は、荒淫の果てに彼女を「壊して」しまった。
「房中術」により許容限度を越えて「精気」を奪われた人間は、肉体に回復不能の重大なダメージを負ってしまうのだ。
この、松原と言う美大生は20歳を少し過ぎたばかりの年齢だったが、痩せ衰えたその姿からはとても信じられるものではなかった。
「憑物」の方は何とかなったとしても、精気を奪い尽くされた身体の方は元通りに回復する事は絶望的に見えた・・・


116 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:00:55 ID:???0

応接室に通された俺たちの前に、女霊能者が一人の女を連れてきた。
山佳 京子・・・崔 京子(チェ キョンジャ)は、松原とは美大の同級生と言うことだった。
松原とは少し異なる類のものだったが、京子にも相当質の悪い「憑物」が憑いている事が俺にも判った。
京子や松原に纏わりついている独特の「悪い空気」は、霊感の類などなくても殆どの人が「感じる」ことが出来たであろう。

松原は女霊能者の師匠である、先代の頃からの信者の子息だった。
幼少の頃から感受性や霊感が強く、先代の霊能者には「これだけ霊感が強いと普通の生活は難しいだろうから、修行の道に入った方が良い」と言われていたそうだ。
だが彼は、人並み外れた霊感や感受性という才能を霊能ではなく、絵画と言う芸術の道に生かす人生を選んだ。
強い霊能を持つ松原は、同級生の山佳 京子に纏わり憑く、非常に強力で悪性の「憑物」に気付いた。
この時点で、松原は女霊能者の元を訪れて相談するべきだった。
松原の家族が息子の異変に気付いた時には既に手遅れの状態であり、松原は回復不能な廃人状態に陥ってしまっていた。
そして、京子の話によれば、松原をこのような哀れで無残な状態にしてしまったのは、他ならぬ京子の母親と言う事だった。


117 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:01:43 ID:???0

京子の母親、山佳 京香こと朴 京玉(パク キョンオク)は、スタジオ数3軒程のヨガ・スクールの経営者だった。
キムさんの調査によると、朴 京玉は変わった経歴の持ち主だった。
とにかく、異常な数の宗教団体を渡り歩いていた。
名の知れた教団に所属していた事もあったが、その殆どが地方の小規模な教団だった。
神道系、仏教系、キリスト教系・・・教団の教義等には共通性はなかったが、何れも「生き神的」教祖が一代で築いた新興宗教が殆どだった。
山佳 京香が入信した多くの宗教団体は教祖や教団幹部の「女性問題」が元で解散や分裂の末路を辿っていた。
夫であり京子の父親である山佳 秀一こと崔 秀一(チェ スイル)は、京玉の宗教遍歴で入信した教団の一信者だった。
老齢の資産家だった崔 秀一と娘・京子との間には、京子の東アジア人離れした容姿が示すように血の繋がりはないようだ。
朴 京玉と結婚し、京子が生まれた直後に崔 秀一は病死している。
朴 京玉の宗教遍歴の中には「A神仙の会」という後に宗教団体に改変されたヨガ道場もあった。
宗教団体化したA神仙の会が後に未曾有の事件を起こした頃まで朴 京玉の宗教遍歴は続いた。
宗教遍歴を止めた山佳 京香は夫の遺産を使ってヨガ・スクールを開講した。
事件後の「ヨガ不況」の中、スクールは順調に展開し、数年の間に常設のスタジオ3軒を構えるまでに成長していた。


118 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:02:38 ID:???0

キムさんは更に朴 京玉の過去を洗った。
朴 京玉は日本人の母と在日朝鮮人の父との間に生まれた元・在日朝鮮人2世だった。
父母共に、家系的には宗教や呪術とは関わりのない、ごく普通の家庭だった。
京玉が小学6年生のとき、交通事故で母が死亡した。
長距離トラックの運転手として生計を営んでいた父親は、京玉を自分の両親に預けた。
京玉を預かる条件として、祖父母は彼女を地元の民族学校に通わせた。
しかし、帰化家庭に育ち、木下 京香という日本名のみを名乗り、朝鮮語も学んだ事のなかった京玉は学校に馴染む事が出来なかった。
中学1年の夏休み前に京玉は不登校となり、自室に引き篭もるようになった。
元々占いや呪い、心霊写真や怪談の好きな少女だった京玉は、引き篭もった自室でオカルト雑誌や超能力関係の書籍を読み耽るようになって行った。
やがて、オカルト雑誌の読者欄を通じて同好の士と文通するようにもなった。
部屋に引き篭もり切りとなった孫娘を祖父母は心配し、その原因を作ったことに強く責任を感じていたようだ。
そんな京玉が、祖父母に初めて頼み事をした。
ヨガを習わせて欲しいと言うのだ。
ヨガがどういったものなのか祖父母には良く判らなかったが、部屋から出て身体を動かして、孫が少しでも健康になってくれればと、京玉の願いを聞き入れた。


119 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:03:28 ID:???0

京玉はヨガにのめり込んだ。
祖父母は、電車で片道1時間のスタジオ通いがそう長く続くとは思ってはいなかったらしい。
しかし、安くはないレッスン料を払い続ける祖父母を十分に満足させる真剣さで京玉はレッスンを重ねた。
真剣な受講姿勢や京玉自身の才能もあったのだろう、2年目からは特待生としてレッスン料は免除された。
3年目からは「内弟子」として寮に入ることになったが、最早、父や祖父母も京玉を止める気はなかった。
京玉の通ったヨガスタジオの主催者は旭 桐子という女性だった。
入会から5年後、スタジオが閉鎖される頃には京玉は旭のアシスタント的な存在になっていた。
旭 桐子は年に数度インドに渡航して修行を重ねるといった本格派だったが、ヨガ業界では無名の存在だった。
むしろ、そういった方面とは一線を画していたようだ。
だが、彼女の名は一部の宗教関係者、特に「法力」や「超能力」を売り物にする怪しい連中の間では知られていたようだ。
朴 京玉も旭 桐子に伴われて何度もインドに渡航していた。
スタジオ閉鎖後の旭 桐子の消息は不明であるが、朴 京玉はヨガを続け、日本で滞在費を稼いではインドに修行の為に渡航すると言う生活を続けていたようだ。
そして、長期間・・・2年ほどのインド滞在の後に、朴 京玉の宗教遍歴が始まった。


120 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:04:13 ID:???0

柔軟体操の一種のように見られがちなヨガであるが、その本質は「悟り」の獲得を目的とした霊的進化の技法らしい。
アーサナと呼ばれる数々の複雑なポーズは、長時間の座禅瞑想を行っても新陳代謝や血流の阻害を起こさない柔軟で強靭な肉体を養成するためのものらしい。
また、少し前に「火の呼吸」で有名になったヨガの呼吸法は全身を走る「気道」を浄化すると共に、悟りに必要な生命エネルギーを養う物だと言う事だ。
瞑想法も複雑多岐に渉り、呼吸法と気や生命エネルギーの操作、瞑想によるイメージ操作を組み合わせて行うそうだ。
このような「行」を重ねることによって得られる「現」や「果」をシッディ、日本語では「悉地」と言うらしい。
この「悉地」を獲得し、保持した状態を「通」と呼ぶ。
「悉地」に「通じる」事によって発現する力をアビンニャー、日本語では「神通力」と呼ぶらしい。
「神通力」には主要なものとして神足通・天眼通・天耳通・他心通・宿命通・漏尽通の6種があり、この6種を六神通と呼ぶそうだ。
ヨーガ瞑想が深まると生命活動が極端に低下する。
アーサナで強靭な肉体を養い、プラーナヤーマと呼ばれる呼吸法で気道を阻害する「業(カルマ)」を浄化し、生命エネルギーを蓄えて掛からないと容易に命を落とすそうだ。
生命活動が低下し、仮死状態に至る程に深い瞑想の究極状態をサマディ、日本語で「三昧」と呼ぶらしい。
この「三昧」に至る過程で人は生理的な反応として様々な神秘体験をするらしい。
「三昧」が人為的に仮死状態に至るものだとすれば、人為的な臨死体験とでも呼ぶべきものなのだろうか?
「三昧」に没入した状態とは、「異世界」に魂や精神が踏み込んだ状態なのだそうだ。
この三昧によって踏み込んだ「異世界」で活動する為に必要な力が「六神通」だと言う事だ。
聞きかじりの話から俺が得た理解はかなり不正確なのだろうが、取り敢えずはこう言った所らしい。


121 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:04:53 ID:???0

ヨーガには様々な手法や技法が存在するらしいが、その目的は「三昧」に至り、その中で「悟り」を得ることのようだ。
それ故に、ヨーガの行者は、気道を阻害する「業」を避け、生命エネルギーを損なわないように、持戒して禁欲的な生活を送る。
だが、裏道を行く「外道者」はどんな世界にも現われる。
数あるヨーガの教派?の中には神通力や三昧へ至る過程で得られる神秘体験を修行目的とする教派が少なからず存在すると言う事だ。
性交によって異性から生命エネルギーを奪い取る「房中術」。
自己の「業(カルマ)」を他人の体内に転移させる事で自己の気道浄化を図る「シャクティーパット」。
視覚的な神秘体験を得るためにダチュラやバッカク、その他様々な植物アルカロイド、生物毒や金属を調合した幻覚剤、「秘薬」。
「悟り」と言う目的から逸脱した、本来、長く困難な修行と持戒の上に得られる「副産物」を手早く獲得しようとした様々な手法が開発された。
ただ、こういった外法は厳しく排斥されるものらしく、特に「秘薬」のレシピは秘伝とされ、偽物を掴まされて命を落とす者が少なくないようだ。
修行用の伝統的な「秘薬」の代用として、様々な「現代薬」が用いられた。
こういった薬物の中ではLSDケタミンは双璧であり、特に規制の甘いケタミンは、インドからヨーガ愛好家の多い欧州に大量に持ち出されているそうだ。
旭 桐子の修めた、そして、朴 京玉が彼女から学んだヨーガはこういった「外法」を行う一派だったようだ。


122 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:05:37 ID:???0

山佳 京香ヨガスクールはダイエットなどで評判が高いらしく繁盛していた。
だが、山佳 京香には良からぬ噂もあった。
男性会員との不倫や、未成年者との援助交際の噂が流されていた。
もっとも、スクールの会員や周囲の者に言わせれば「同業者の嫌がらせのデマ」と言う事らしかったが・・・
キムさんに示されたヨガスクールのパンフレットと山佳 京香の写真は実年齢と比べてかなり若そうに見えた。
見た目で30代半ばから40歳前くらい。パンフレット上では年齢は40歳代と言う事になっていた。
何れにしても、50代後半と言う山佳 京香の実年齢からはかなり懸け離れていた。
いくら鍛え続けてきたと言っても、ありえない若さと美貌だった。
俺はキムさんに「何年前の写真ですか?」と聞いた。
だが、キムさんは首を横に振って「2ヶ月ほど前のものだ」と答えた。
キムさんの調査では、山佳 京香の不倫や援助交際は実際に行われていると言う事だった。
そして、山佳 京香と一夜を共にしたとされる男達は皆一様に体調を崩し、様々な不幸に襲われていた。
関係者を襲う不幸は本人だけではなく、その家族にも及んでいた。
霊能者の女には大凡の見当はついているようだった。
俺は偽名を使って、山佳 京香ヨガスクールに入校した。


123 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:06:23 ID:???0

やってみて初めて知ったのだが、ヨガと言うものはかなりハードなエクササイズだった。
俺はマサさんの指導による修行法の他に、キムさんのボディガードの連中の空手道場にも顔を出していたが、キツさの質が異なり、かなり堪えた。
入校前、料金の割りに短いと思った週1回60分という初心者クラスの時間も、運動経験のない初心者には十分すぎる長さだっただろう。
基本レクチャーの初心者クラス5回を終えた俺は、一般コースへ上がった。
慣れさえすれば体力的に問題はなかった。
一番の難関らしい呼吸法に付いても、細かいポイントは違っても同様のものをマサさんの下で「命がけ」で学んだ俺には問題なく進める事が出来た。
週2回のレッスンが通常の所、ほぼ毎日通ったせいもあるだろうが、俺は早くても1年半、人によっては3年かかると言う上級コースに3ヶ月で到達した。
上級コースに上がって暫くすると俺はインストラクターによる個人教授を勧められた。
この個人教授でどうやら「選別」を行っているのだろう。
俺は、学院長による特別コースの受講を勧められた。
インストラクター達はすばらしい事だと褒め上げ、上級コースの面々は羨望の眼差しを俺に向けた。
特別コース・・・詳しい内容は判らないが、ヨガの奥儀によって「神秘体験」をした会員が多くいるということだった。
特別コースはワンレッスン2名限定で、宿泊費別で一回3万円の連続12回の講座だった。
一般コースから上級コースまでは1レッスン90分で3.000円ほどだが、特別コースを受ける前提要件のインストラクターの指名による個人授業といい、2名限定の特別コースといい、
人の虚栄心や競争心を突いた実に上手い商売だと俺は感心した。


124 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:07:10 ID:???0

誓約書にサインをすると、泊り込みで12回の特別コースのレッスンが始まった。
レッスンを担当した山佳 京香は写真で見たよりも更に若々しく、妙にそそられる美女だった。
俺とペアで受講した女は、中級クラスでアシスタントをしていたインストラクター候補の特別会員の女だった。
気力や霊力もかなり高そうな様子だった。
どうやら、特別コース受講の可否は、受講生の「金回り」だけが基準ではないようだ。
コースの内容は新しい呼吸法と瞑想が中心だった。
呼吸法のあと、瞑想に入る前に俺達は妙な飲み物を飲まされた。
甘い花の香りとミントの清涼感のあるこの飲み物を飲むと汗が一気に引き、頭がスカッとした。
コースの回数が進むに連れて、丹田や会陰、尾底に「気」の熱が溜まって行くのが判った。
この「熱」を表現するとすれば、正に「性欲」の塊と言ったものだった。
5回目のレッスンに入る頃には、呼吸法に入って暫くの段階で俺は激しく勃起していた。
一緒にレッスンしていた女はレオタードの股間に汗とは明らかに違う液体で大きな染みを作っていた。
さほど広くはない部屋の中に女の発する雌の臭いが充満した。
タマラナイ・・・
間違いなく、これは呼吸法と瞑想によって掘り起こされた情欲だった。


125 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:07:54 ID:???0

困った事に、この掘り起こされた情欲は一発「抜いて」も収まる事はなかった。
別室で寝ているペアの女もタマラナイ状態になっていた事だろう。
俺は尾底や会陰部に溜まった気を少しづつ抜き出して全身に循環させ、丹田に落として圧縮する作業を繰り返した。
丹田に気を集める事で俺は冷静さを取り戻していた。
それでも、高まった気によって全身は火照りっぱなしだった。
翌日のレッスンでは、レッスンが始まる前から女の顔は上気して足元も定まらない様子だった。
呼吸法が終わった時点で京香の指示で俺達は全裸となってそのまま瞑想を行った。
次の日からは最初から全裸でレッスンは行われた。
レッスン終了後、気を抜き出して丹田に集める作業を行っていた俺は紙一重で理性を保っていたが、女の方は理性の限界だったのだろう。
瞑想が終わった段階で遂に女が俺にしな垂れかかってきた。
俺もそのまま女を押し倒して激しく交わった。
女は正に狂った獣のようだった。俺も獣になっていたが、頭の一点だけは冷静だった。
激しく交わる女と俺の狂態を山佳 京香は、さも当然と言うように冷めた目で見つめていた。
女は何度も達し、俺も幾度となく放ったが、気の昂りは一向に衰えなかった。


126 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:08:34 ID:???0

最終日、女は最早、呼吸法も瞑想もままならない状態だったようだ。
瞑想の途中で覆い被さってきた女に俺は応じた。
女と交わっていると、突然、今までに感じたこともないような快感に襲われた。
快楽から引き離してあった俺の理性が、女に房中術の「導引」を仕掛けられたことに気づいた。
俺は快楽に逆らって女の体から自分の身体を引き剥がした。
そして、再び女に乗り掛かると、体力が限界に達するまで「導引」を仕掛け続けた。
やがて体力の限界に達し、女の中に大量に放出した俺は女から離れると床の上に大の字に横たわった。
失神していたのか、女は死んだように動かなかった。

体力が回復すると俺の体は驚くほど軽く、力が漲っていた。
あれ程俺を苛んでいた情欲の炎も冷めていたが、気力や霊力は充実し切っていた。
横たわる女を置いたまま、俺は当てがわれていた自室へと戻った。


127 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:09:20 ID:???0

俺は全裸でベッドに横たわったまま気を整えていた。
暫くするとドアをノックする音がして、部屋に女が入ってきた。
山佳 京香だった。
京香は着ていたガウンを脱ぐと無言で俺の身体に唇と舌を這わせ始めた。
京香の口技は風俗嬢顔負けのテクニックだった。
やがて、俺の上に跨り身体を沈めてきた。
ゆっくりと腰をくねらせながら深く身体を沈め、強く締め付けながら吸引力を強め、亀頭の位置まで引き抜く腰使いは堪らなかった。
「導引」を掛けながらの京香の腰使いに、素の状態の俺ならば耐え切ることは出来なかっただろう。
だが、俺の気力は先ほどの女から奪った精気によって充実していた。
更に「気」を整えて、精神的に極めて冷静な状態にあった。
情欲や快感に溺れて頭がピンクに染まった状態でなければ「房中術」は成功しない。
京香が「息」をつき、「導引」が途絶えた瞬間に俺は攻勢に転じた。
俺は京香を攻め立て頃合を見て「導引」を仕掛けた。
京香は抵抗したが、不発に終わった「導引」の疲労や、元々の体力差からやがて俺の軍門に下った。
どんなに修行を重ね、若々しい容姿や肉体を保っていたとしても、所詮は還暦目前の初老の女に過ぎないのだ。


128 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:10:10 ID:???0

俺は体力の限界を超えて導引を仕掛け続けた。
性エネルギーを根こそぎ引き抜かれた京香の快感は凄まじいものだっただろう。
俺は「導引」を止め、京香の中に大量に放った。
ピクリとも動かない京香を見下ろしながら俺は思わず独り言を呟いた。
「若作りしていても、ババアはババアだな・・・」
大量の精気を抜かれた為だろう、京香の肌からは先ほどまでは溢れていた瑞々しさが失われていた。

やがて、俺の体の下で京香が目を覚ました。
俺は京香の中で硬さを取り戻したモノを再び動かそうとした。
京香は「もう止めて!」と叫んだ。
俺が京香の中から引き抜くと、彼女は俺に言った。
「アンタ、何者なの?」


129 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:10:47 ID:???0

俺は答えた。
「アンタが壊した松原 正志の縁者と崔 京子に雇われた拝み屋・・・見習いだ」
更に続けた。
「アンタ達はお互いに房中術を掛け合って、時には気力や霊力の強い人間から精気を奪い取って瞑想を行っていたんだろ?
他人の精気を奪って、怪しい薬物を使って得た神秘体験とやらはそんなに素晴しいものなのかい?」
京香は答えた。
「ええ、何者にも代え難いほどにね。頭の固いグルは持戒だ功徳だ、薬物に頼らなくても神秘体験は得られるだのって言うけどね・・・
辛気臭い生活を一生続けても、シャンバラを覗ける機会は一生に一度有るか無いかじゃない?
房中術に秘薬・・・確かに反則かもしれないけれど、到達点が同じなら合理的にやったほうが良いとは思わない?
それに、房中術で精気を貰った人も、普通では感じられない物凄い快楽を得た訳じゃない?
まあ、快楽に溺れて破滅しちゃう人が殆どだけどね。
快楽に溺れるのは本人の勝手。松原君もいいモノを持っていたんだけどね・・・アンタと違って修行が足りなかったようね」


130 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:11:33 ID:???0

京香は更に続けた。「それに、そう言うアンタも余り偉そうなことは言えないんじゃない?大分ご乱交を重ねてきたみたいだけど。
アンタのそんな所が気に入って『特別コース』にお誘いしたんだけどねw」
「他心通・・・いや、宿命通かい?」
「あとは天眼通もね。天耳通は・・・あんた、いっつもインストラクターや女の子達の胸やお尻を見て助平な事ばかり考えていたから、聞くに堪えなかったわw」
俺は頭を掻きながら京香に言った。
「なあ、アンタにぶっ壊された松原 正志にアンタの娘、アンタらが食い散らかした元会員や援交のガキ共は皆、質の悪い憑物に纏わり付かれているんだ。
だから、俺たちみたいな拝み屋が出張って来る事になったんだが、何故だと思う?」
京香は「そんな事、知らないわよ」とぶっきらぼうに答えた。
俺は「それじゃあさ、お得意のクスリをキめてぶっ飛ぶインチキ瞑想で、いつものようにシャンバラとやらを覗いてきてくれよ。
精力が落ちて難儀しそうだが、アンタはそこに繋がっているんだろ?
ヤバそうだったら、ええっと胸から気を入れればいいんだっけ?しっかりフォローしてやるからさ。
首尾よくシャンバラに行けたら、俺の負けだ。
さっきの続きを楽しもうぜ。好きなだけ気を抜かせてやるから。
俺も嫌いじゃないしね」
京香は全裸のまま呼吸法を始め、気が満ちて来るとピンク色の怪しい錠剤を飲み下した。
やがて彼女の呼吸は浅くなり、体温や心拍は下がって行った。


131 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:12:27 ID:???0

俺がキムさんの下でケタミン注射を受けて「神秘体験」の予行練習をしたのは「特別コース」の3日ほど前のことだった。
「特別コース」を薬物を用いて幻覚を見せる、カルト宗教にありがちなインチキ「儀式」と踏んでいたからだ。
薬物らしいものも用いられたが、「特別コース」は目的は兎も角、比較的まともな「行」を行う本格的なものだった。
高まった気を全身に循環させて浄化して、丹田なり、ヨガ行者が重視する尾底に導いて溜め込めば文句の付け所はなかったのだろう。

ケタミンを静脈注射された俺は臨死体験とも形容される独特な幻覚に襲われた。
暗く深いトンネルに大轟音と共に吸い込まれた俺は、途切れそうな意識を何とか繋ぎ止めながら、幻覚を見続けた。
トンネルの向こうから突き刺す強烈な光、緑色の雲のカーテン、真っ赤な光の迷路。
この世の全てを理解したかのような形容し難い全能感。
言葉では表現不可能な異様な幻覚に襲われ続けていた。
トンネルに吸い込まれて数分後か数千年後かは判らなかったが、俺は元居た部屋に戻ってきていた。
身体には「実在感」があり、部屋の空気も感じられた。
誰か人の気配を感じて後ろを振り向くと、ソファーに深く身体を沈めた俺が居た。
俺は自分の身体に触れてみようとしたが、どうしても触る事が出来なかった。
更に俺は、テーブルの上の蝋燭の炎に手をかざしてみた。
手に熱さを感じることは出来なかった。


132 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:13:23 ID:???0

熱くないと思った瞬間、あれほどリアルだった自分の体や部屋の存在感は揺らいだ。
おれは、蝋燭から意識をそらし、部屋の出口を探した。
俺はビルの階段を下り、建物の外に出た。
普段と変わらない通りの雑踏。
現実感はあるものの、通行人は俺を避けず、俺も避けようしなかったが、俺が通行人にぶつかる事はなかった。
女霊能者の話では、瞑想修行中の霊能者は、この状態になると自分の知っている道をひたすら歩いて進むのだという。
道を進むと、やがて、これ以上先は知らないというポイントに至るそうだ。
これより先の、知らない道を進むには強い霊力や気力が必要だという事だ。
道が何処に続いているかは、術者の精神レベルや状態、煩悩や功徳、背負っている業などによってまちまちなのだという。
術者は六神通を駆使して「異世界」に分け入って行くそうだ。
この状態を指すのか、この道を辿る瞑想技法を指すのかは判らないが、チベットやインドでは、この「道」にまつわる瞑想を「リンガ・シャリラ」と呼ぶそうだ。
俺は「リンガ・シャリラ」によって道を辿る前に、聞いたことのない誰かの声に呼び戻され、シュワーという泡のような音と共に、元居た部屋の現実世界に引き戻された。
ケタミンによる臨死体験。魅惑的な幻覚世界だったが俺には非常に危ういものに思われた。
女霊能者の話では、見知らぬ道を突き進み、到達した世界が何処なのかを判断するには「漏尽通」の神通力が必要なのだという。
だが、漏尽通は非常に脆い神通力で、功徳を積み全ての煩悩を「止滅」させなければ発揮できないが、発揮できても自己の僅かな煩悩や願望、先入観によって容易に歪められてしまうそうだ。
六神通の他の神通力によっても歪められ、甚だしくは、他の五神通が得てもいない漏尽通を得たものと誤解させる。
それまでの修行で得た成果、現や果、「悉地」への執着を捨て、全ての神通力を放棄した先でしか漏尽通は得られないらしい。
神秘体験や神通力にのみ執着し、功徳を捨て、手段を選ばない京香たち「外道者」では、到底及びそうにない境地なのだ。


133 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:14:24 ID:???0

京香の気の雰囲気が変わり、俺はもしもの場合に備えて「気」を高めた。
深い瞑想状態にあるはずの京香の顔は、苦悶とも恐怖ともつかない表情で醜く歪んでいた。
やがて京香はガクガクと激しく震え始めた。
俺は、以前マサさんやキムさんに施された方法を真似て、京香の胸から気を一気に注入した。
電気ショックに打たれたかのように、京香はバチッと目を開いた。
どうやら「シャンバラ」には行けなかったらしい。
憔悴し切った表情は、京香を実年齢よりも10歳は老けて見せた。
松原や崔 京子に纏わり憑いていたものより、何十倍も濃密な「嫌な空気」が京香を取り巻いていた。
無理も無い。松原達に纏わり憑いていた「憑物」も、「嫌な空気」も、元はと言えば、京香が覗き込み、足を踏み込んで「繋がった」世界から溢れ出たモノなのだ。
俺には見えず聞こえず、何も知る事は出来ないが、京香は「修行」によって得た「神通力」によって、現世に戻っても尚、恐ろしいモノから逃れられずに居た。
多くの人から奪った生命エネルギーが枯渇して、強い光に隠されていただけの魑魅魍魎が見えるようになっただけなのだろう。
こんな短時間の間に、恐怖で人はここまで衰えるのかと驚きを隠せないほどに、妖艶で美しかった京香は老いさらばえていた。
俺はキムさんを呼び京香を女霊能者の元へと連れて行った。

女霊能者は京香の「気道」を断ち切り、京香の体内を通じて現世に繋がった、異世界への「通路」を断ち切った。
「業(カルマ)」が浄化されておらず、功徳の蓄積も全く無かった京香は薬物に「酔って」正常な判断力を持っていなかった。
恐らく、最下層の地獄に繋がった京香たちは、地獄の住民に騙されて、地獄を天界・シャンバラと思い込まされてしまったのだ。
自分のいる世界を正確に判断する為に必要な「漏尽通」を持ち得なかった京香たちには無理も無い事だったのだが。


134 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:15:21 ID:???0

女霊能者が松原や京子を祓わなかったのは、「憑物」の源泉である京香がいる限り祓っても無駄であるし、京香の「気道」を絶てば全ては片付くからだった。
「気道」を絶たれた事により、京香の40年以上に及ぶ「修行」の成果は永久に喪われた。
今生の「悪業(カルマ)」を浄化しない限り、気道は永久に繋がることはない。
それは即ち、来世の「無間地獄」への転生を意味すると言う事だ。

俺は肌を重ね合った縁と言う事で、以前、女友達のアリサの郷里を訪ねた際にお世話になった住職を京香たちに紹介した。
中途半端な「行」を齧った末に「魔境」に堕ちた若者を数多く救ったと言うあの住職ならば、今、正に「魔境」の底に沈み行く京香たちを救えるかもしれない・・・


135 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:16:24 ID:???0

飯を食いながら俺からそれまでの経緯を聞いていたマサさんが俺に言った。
「薬物と言うのは思った以上に危ない代物なんだ。
薬物によって人が見る幻覚は、酔っ払った脳味噌が見せる只のマボロシではないんだな。
ラリって幻覚を見ている間、人は『異次元の風』を確実に受けているんだよ。
その人の功徳や気力、霊力によって、薬物の見せる幻覚は楽しくも恐ろしくもなる。
ただ、確実に言えることは、薬物は身体を傷付け、霊的な、生命エネルギーの循環路である『気道』を傷付け、気の流れを滞らせる。
悪業が『業(カルマ)』となって気道を詰まらせ、気や生命エネルギー、魂の浄化を滞らせるのと仕組みは殆ど同じだ。
気の流れが滞って浄化されない人の見る幻覚は、確実に苦しくて恐ろしいものになって行くだろうね。
クスリに酔い、幻覚と共に『地獄』と繋がる度に、地獄との『縁』を深めて行く。
現世で深めた地獄との『縁』によって、次の来世に地獄に転生する確率は高くなるだろうね」


136 :シャンバラ ◆cmuuOjbHnQ:2008/10/18(土) 06:18:15 ID:???0

ところで、と、マサさんは言葉を続けた。

「お前、女難の相が出ているなw」

「?」

「アリサちゃんだっけ?彼女の霊感や霊力は相当なものだ。天眼通や天耳通、他心通くらいは持ってるかもしれないぞw」

「・・・マサさん、アリサに何か言いました?」

「『俺は』何も言ってないよ。彼女はお前を探していたみたいだけどねw
俺のは、敢えて言うなら宿命通ってヤツかなw
まあ、がんばれやw」

俺は花とアリサの好物のケーキを買って、アリサの部屋へ向った・・・。


おわり

呪いの器

48 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:00:57 ID:???0

日本国内には、いたる所に神社や祠がある。
その中には人に忘れ去られ、放置されているものも少なくない。
普通の日本人ならば、その様な神社や祠であっても、敢えて犯す者はいない。
日本人特有の宗教観から来る「畏れ」が、ある意味DNAレベルで禁忌とするからだ。
かかる「畏れ」は、異民族、異教徒の宗教施設に対しても向けられる。
また、このような「畏れ」や「敬虔さ」は、多くの民族に程度の差はあれ、共通するものである。
しかし、そういったものに畏れを感じずに暴いたり、安置されている祭具などを盗み出す者たちがいる。
その多くは、日本での生活暦の浅いニューカマーの韓国人達だ。
詳しい事は判らないが、朝鮮民族単一民族でありながら「民族の神」を持たない稀有な存在だという。
神を持たないが故に、時として絶対に犯してはならない神域を犯してしまう。
「神」の加護を持たない身で神罰を受け自滅して行く者が後を絶たないということだ。
この事件もそんな事件の一つだと思っていた。
最初のうちは・・・
ある寒い冬の日だった。
俺は、キムさんの運転手兼ボディーガードとして、久しぶりにシンさんの元を訪れていた。
「本職」の権さん達ではなく、俺が随伴したのは、シンさんの指名だったからだ。
シンさんの顔は明らかに青褪めていた。
キムさんもかなり深刻な様子だった。
やがて、マサさんもやって来るという。
重苦しい空気の中、2・3時間待っていると、マサさんが一人の男を伴ってやって来た。
マサさんの連れてきた男は、木島という日本人だった。
上背は無いが鍛え抜かれた体をしており、眼光や雰囲気で相当な「修行」をした人物と感じられた。
これから何が起こるかは判らないが、ただならぬ事態なのは俺にも理解できた。


50 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:02:46 ID:???0

木島は手にしていたアタッシュケースから古ぼけた白黒写真と黄ばんでボロボロになった古いノートを出した。
シンさんも、テーブルの上にファイルを広げ、数枚の四つ切のカラー写真を出した。
両方の写真の被写体は、どうやら同じ物のようだ。
それは、三本の足と蓋のある「金属製の壷」だった。
その壷は朝鮮のものらしく、かなり古そうだった。
形は丸っこい、オンギ(甕器)と呼ばれる家庭用のキムチ壷に似ている。
ただ、金属製である事と底の部分に3本の足があること、表面に何かの文様がレリーフされているのが特殊だった。
表面の文様と形状に、呪術に造詣の深いシンさんやキムさんは思い当たるところがあったようだ。
それは、一種の「蟲毒」に用いられた物だった。
壷の文様は「蟲毒」の術に長けたある呪術師の一族に特徴的な文様なのだという。
しかし、通常、「蟲毒」に使われるのは陶器製の壷であり金属器は使われない。
ましてや、この壷は「鉄器」であり、「蟲毒」の器としては恐ろしく特殊な存在だという事だ。
韓国では金属製の器が好んで使用されるが、伝統的な物の殆どがユギ(鍮器)と呼ばれる真鍮製品なのだという。
李氏朝鮮では、初期から金属器の使用が奨励され、食器や祭具、楽器や農具に至るまであらゆる金属製品が作り出されたそうだ。
だが、その素材の殆どが青銅或いは真鍮だった。
高い製鉄・金属加工技術を持ちながら、朝鮮半島では鉄は希少で広く一般に普及する事は無かったらしい。
温帯気候で樹木の生育の早い日本と異なり、大陸性の寒冷な気候の朝鮮半島では樹木の生育が遅い。
それ故、製鉄に大量に必要とされる燃料の木炭が不足していたのだ。
昔の中国や朝鮮は、刀剣などを鉄製品の原料・素材として日本から輸入しており、それは非常に高価だった。
その様な貴重な鉄器を破壊して使い捨てるのが原則の蟲毒の器に用いる事は、呪術上の意味合いからもあり得ない事なのだと言う。


52 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:04:33 ID:???0

この壷は、柳という古物商から在日ネットワークを通じて照会されて来た物だった。
柳は、盗品売買の噂が絶えず、在日社会でも非常に評判の悪い人物だった。
本来なら、シンさんはこのような男は絶対に相手にしない。
しかし、流れて来た写真を見てシンさんは驚愕した。
それは、日韓併合以前の韓国で隠然たる力を持っていた、ある呪術師一族が「呪術」で用いた文様だったからだ。
なぜ、そんなものが日本にあるのか?

その呪術師一族は、韓国の「光復」のかなり前に滅んでしまっていた。
朝鮮総督府は「公衆衛生」のため、朝鮮半島に根深く浸透していたシャーマン治療を禁止し、近代医学を普及させた。
その影で、多くの呪術師や祈祷師達は恭順して伝来の呪術を捨てるか、弾圧されるかの二者択一を迫られた。
多くの呪術師が地下に潜ったのに対し、敢然と叛旗を翻した者も少数ながらいた。
この呪術師一族もその少数者の1つだった。

シンさんの調べによると、柳の照会の背景は以下のようなものだった。

日本全国で、高齢の資産家宅や旧家の蔵、寺や神社を荒らし回っていた韓国人の窃盗団がいた。
この窃盗団は「流し」の犯行の他に、「顧客」の「注文」に応じた仕事もしていたらしい。
日本の美術品、特に仏像や刀剣の類は韓国内や欧米諸国で熱心なコレクターがいるのだという。
山道や街道沿いに建てられた、ありふれた旧い地蔵などにもかなりの値が付くという事だ。
どうやら問題の鉄壷は、ある人物の「注文」により盗み出されたものだったらしい。
だが、「仕事」を終えてすぐにその窃盗団に異変が起こった。
窃盗団のメンバーが、僅か数日間で次々と怪死を遂げたのだ。

柳の元に鉄壷を持ち込んだのは、窃盗団の最後の生き残りである朴という男だった。
朴は日本国内で逮捕暦があり、他の仕事で下手を打った為に身を隠しており、詳しい事情を知らなかった。
朴は盗品の隠し場所から、他の数点の美術品と共に鉄壷を持ち出し、伝のあった柳の元に持ち込んだ。
相次ぐ仲間の死と、自分の身辺に迫る気配に恐怖を覚え、高飛びしようと考えたのだ。
盗品ブローカーである柳は、朴の持ち込んだ美術品を買い入れた。
朴の持ち込んだ盗品の中で、問題の鉄壷は最初「ガラクタ」扱いだった。
しかし、朴が盗品を持ち込んですぐに鉄壷を買いたいという人物が現われた。
その男の提示した金額はかなり破格のものだった。
だが、柳は「商売の鉄則」として、仕入れた盗品を特定の業者以外の第三者に直接転売する事は無かった。
何処で柳が盗品を扱っている事や鉄壷の存在を知ったのか謎であったし、金を持ったまま首を吊った朴の死が柳を慎重にさせた。
柳は鉄壷について同業者に照会し、購入希望者の背後を探った。


55 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:06:52 ID:???0

柳の照会はシンさんの元に届き、とんでもない代物である事が判明した。
それは、人の触れてはならない「呪いの器」だったのだ。
シンさんは、壷が朝鮮の呪物であったことから、詳細を知るために、ある人物に壷について問い合わせた。
その結果、鉄壷が、シンさんやキムさんの当初の予想をはるかに越える危険な物であることが明らかになった。
この鉄壷の用途は、「蟲毒」などという生易しいものでは無かったのだ。

鉄壷が安置されていたのは「***神社」という、人に忘れ去られた、無名の小さな神社だった。
忘れ去られたと言うのは正確ではない。
触れ得ざる物を人界から隔離する為に、人目から隠して建立された神社だったのだ。
其処までして封じようとした鉄壷の正体は何だったのか?

鉄壷の正体は「炉」だった。
蓋を開け、中に「あるもの」を封じてから蓋を閉じ、燃え盛る炎の中に入れるのだという。
その為に壷は鉄で作られ、底に足が付けられていたのだ。
鉄壷の中に入れられた「あるもの」とは何か?
それは人間の「胎児」だった!
妊婦を凌遅刑に掛け、その子宮から取り出した胎児を鉄壷に入れて焼いたと言うのだ。
その数、実に12人!
年に一人、12年の時を掛けた大掛かりな呪法だった。
鉄壷の丸い形は女の子宮を表していたのだ!
11人の女は、さらわれたり、売られたりして来た哀れな女達だった。
呪術師に慰み者にされ、子を孕んで時が満ちると切り刻まれ、我が子を「鉄壷」で焼かれたのだ。
その、恨み、怨念は如何ばかりのものだっただろうか?


57 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:13:04 ID:???0

だが、12人目の最後の儀式は更に恐ろしくおぞましかった。
12人目の女は、12年間呪術を行ってきた呪術師の実の娘だった。
犯された娘の妊娠が判ると、呪術師は彼の息子によって凌遅刑に掛けられた。
時間を掛けて切り刻まれた呪術師が息絶えると、父を殺した息子の呪術師は儀式を行った。
それは「反魂」の儀式。
殺された呪術師を娘の腹の中にいる胎児に「転生」させる儀式だった。
所定の時が満ちると、娘は11人の女達と同様に凌遅刑に掛けられ、呪術師の転生児である胎児は子宮ごと鉄壷に封じられた。
蓋は二度と開かないように封印され、更に10年近く呪術師の家に安置されたのだと言う。

醜悪で余りにおぞましい行いだが、「この手の」呪いは、やり口が醜悪で無残であるほど効力が高まるものらしい。
鉄壷が安置されていた間、呪術師の一族の人間や村人達は一人また一人と死んで行った。
村が殆ど死に絶えたとき、術を仕上げた呪術師は鉄壷を持ち出して日本に渡った。
日本に渡った呪術師には姉がいた。
妹と同様に父親に犯されたが妊娠せず、その後も生き残っていたのだ。
彼女は弟を追って日本に渡った。
彼女の弟である呪術師は、鉄壷を持ったまま身分を隠して日本各地の朝鮮部落を渡り歩いた。
本国から身一つで渡ってきた同胞を朝鮮部落の人々は匿い助けたが、呪術師の行く先々で多くの朝鮮人が死んだ。
弟を追い切れなかった姉は、ある朝鮮部落の顔役であった宗教家に呪いの事、弟の事を相談した。
自分の手に余ると考えた宗教家は、ある日本人祈祷師の元に彼女を連れて行った。
彼女は韓国で行われていた儀式やそれまでの事、一族の呪術や、鉄壷について知っていることの全てを祈祷師に話した。
彼女の話した言葉を日本語に翻訳したものの写し、それが木島が持ってきた古いノートだった。


59 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:15:08 ID:???0

鉄壷、それは「呪いの胎児」を育てる為の「子宮」だった。
そして、胎児を育てる「養分」となるのは「生贄の命」だった。
「生贄」とは?
それは、呪術師の同胞であるはずの朝鮮人だった。
儀式を完成して10年近くも壷が韓国に置かれ、壷を持った呪術師が日本国内の朝鮮部落を渡り歩いたのはなぜか?
それは、生贄の命を子宮たる鉄壷に吸い上げる為の、言わば「根」を張り巡らせる作業だったのだ!
・・・鉄壷の中の「呪いの胎児」が、標的を呪い殺せる強さへと育つまで、生贄の民であり、同胞である朝鮮人の命を吸い上げようと言うのだ。
その数は何万、何10万。
あるいは、更に多く・・・。
そこまでしなければ呪いを成就できない「標的」とは何だ?
木島は淡々とした口調で語った。
この呪いは特定の個人ではなく「皇室」を標的とし、124代に渡って継続してきた皇統を絶つことによって日本と言う国を滅ぼそうとしたものだと。
俺は木島に言った。
「蟲毒や生贄を使って、一族や血統を滅ぼす呪法があるのは知っている。
しかし、この呪法のやり口はいくらなんでも無茶苦茶だ。
大体、無差別・無制限に生贄を必要とするなんて、そこまでする必要があるのか?
仮に皇室が滅んだからと言って、それは日本滅亡とは直結はしないだろう?」
シンさんとキムさんが呆れ顔で俺の顔を見て、マサさんは深いため息を吐いた。
そして、キムさんは「お前、本当に何も解ってないんだな。まあ、日本人だから無理も無いのかもしれないな」
そう言うと、この呪法が皇室・皇統を絶とうとしたことの意味を語り始めた。


61 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:16:43 ID:???0

キムさんの話によると、この世界は、他文化・異民族、異教徒を飲み込んで支配しようとする「支配者」と、「被支配者」に分かれるのだという。
支配者とは、大まかに言ってユダヤキリスト教徒、被支配者は土着宗教やローカルな文化がこれに相当する。
アジア地域における支配者は中華文明であり、日本やインド、朝鮮などを除く多くのアジア諸国・地域の支配層はその多くが中華の流れを汲むということだ。

他者を支配しようとする宗教や文化、王朝は、長く続けば続く程に、その「影」の部分として呪術的側面が育って行くそうだ。
支配を続ける事は即ち「業」を積み重ねて行くことに他ならないからだ。
「支配」の本質とは「悪」なのだ。
それ故に、王朝や文明は蓄積された「悪業」が臨界点に達すると必然的に崩壊へと向かう。
被支配者や民間の呪術は、支配者や自らを併呑しようとする者に対する抵抗の手段だが、支配者や権力者側の呪術は破滅へと積み重なる「業」への抵抗なのだそうだ。
ある時は疫病を祓い、災害を祓う。反乱者や簒奪者に呪殺を仕掛ける事もある。
支配する事によって積み重なった「悪業」が招く「災厄」を祓うのが権力による呪術であり、それは徐々に大きくなり、顕在化してくる。
それ故に、本来「影」であるべき呪術が表面に出て来るようになった文明や国家は末期的で、滅びが近いと言うことだ。
王朝や宗派等は、代を重ねる毎に「悪業}だけではなく、逆に「霊力」や「呪力」も強めて行く。
だが皮肉な事に、積み重なって強まった「霊力」「呪力」は、臨界点に達した「悪業」と共に破滅への原動力となってしまうのだ。
霊力や呪力は浄化への力だからだ。


62 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:20:22 ID:???0

日本は明らかにユダヤキリスト教圏や中華文明といった「エスタブリッシュメント」には属さない存在である。
しかし、中華文明圏を脱してからというもの、中華文明による再併呑もユダヤキリスト教圏による併呑も完全支配も叶わなかった。
それには、様々な要因があった。
だが、呪術的側面から見ると、それは「皇室」という極めて特殊な存在によるものだという。
日本の皇室は通常、王朝の「影」である呪術的部分がその存在の根幹であって、その他の部分は「支配」や「権威」すら枝葉に過ぎないということだ。
日本皇室は唯一最古の帝室である前に、最古・最強の呪術の系譜なのだ。
エスタブリッシュメントに属さない存在でありながら、強い力を持つ日本皇室は、本来ユダヤキリスト教圏にとっても中華文明圏にとっても消し去りたい存在らしい。
しかし、最高の霊力・徳を持つ日本皇室と正面から対立する事を彼らは避けるようになった。
天安門事件に端を発する国家存亡の危機に瀕した「中華人民共和国」が、「七顧の礼」を以て天皇訪中を招請し、国難を凌いだのはその好例だそうだ。
殲滅ではなく共存を選んだのは、日本皇室及び日本人が、異民族を併呑して「帝国」を運営する力量を持たない民族であることが明らかになったからだ。
直接利害が衝突しない「触れ得ざるもの」に自ら敵対して、再び火傷する事を怖れたのだ。


63 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:21:13 ID:???0

「日本国」とは日本皇室の誕生から続く一つの王朝に過ぎない。
それ故に皇室の否定は日本と言う国の存在自体を否定する事に等しい。
本質的に、強大な「力」を持つ日本皇室や、中華文明に併呑されない「日本」を敵視する「中国」は、長期的視点で日本を内側から崩しに掛かっている。
所謂、売国メディアや自虐史観がそれだ。
自らの王室や、国家・民族に殉じた人々を誹謗する事は、国の「運気」を非常に損なう、天に唾する愚行なのだと言う。
「死人に鞭を打たない」という日本人の文化は弊害もあるが、国家の「運気」を保つ上で重要な意味を持つのだ。
現在行われている工作は、「皇室の呪力」と直接衝突せずに、日本国の「運気」や「霊力」を殺ぐ手段としては、呪術的にも理に適っているそうだ。

「呪力」「霊力」の最高位にある日本皇室に呪術を仕掛ける・・・それは、強力であればあるほど自殺行為に等しくなる。
少しでもまともな呪術的視点を持つ者なら絶対に避ける愚行である。
しかし、敢えてそれを行う者は後を絶たない。
一部日本人と朝鮮民族である。

朝鮮民族は自らを「小中華」と称し、甚だしくは中華文明の正当継承者であると自認している。
しかし、その実態は、大陸の袋小路である朝鮮半島に封じ込められた「生贄」の民族である。
彼らの特性は、如何なる外敵の支配にも抵抗しないが、併呑・同化はされないという点にある。
宿主たる征服者の体内に潜み、その内部を食い荒らし、滅びを加速させる。
そして、次の宿主たる支配者・征服者に取り入り、再び食い荒らすのだ。
支配者に同化されない為、彼らが独特の民族心理として培ってきたものが「恨」である。
支配者に対する潜在的敵意である「恨」という民族意識によって、彼らは確固たる独自文化、独自宗教を持たずして民族としての生存を図ってきたのだった。


65 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:22:54 ID:???0

自らをエスタブリッシュメントである「中華文明の担い手」とする民族的錯誤、更に「生贄」であることに気付かずに反日感情を煽られて自殺的行為に走る朝鮮人呪術師は多い。
しかし、根本的理由は朝鮮民族潜在的な生存本能に負うところが大きいらしい。
強力な民族や国家に囲まれた弱小の朝鮮民族が、民族として生き残ってこれたのは、「恨」の精神によって頑なに異民族との同化を拒んできたからだった。
しかし、最も関係の深い隣国である日本は、外来の技術・技芸、文化・宗教、そして人間までもその内部に取り込み、強力に同化してしまう恐るべき特性を持っていた。
日本に渡った同胞は短期間で日本と言うブラックホールに飲み込まれ、日本人と化してしまった。
古来、日本に渡った者は「エリート」が多かった。
だが、そういった者ほど日本への同化、日本人化は早かった。
故郷を離れ、異国で世代を重ねながらも「朝鮮民族」である事にこだわりを見せるのは、むしろ低い身分の出身者が多いようだ。
日本人の目からは誇張に見える事も少なくないが、日韓併合朝鮮民族にとって民族存亡の危機だったのだ。
シンさんは言った。
例え、世代が5世・6世と進み、制度的に不利な身分に置かれようとも、朝鮮民族の日本への帰化は一定以上には増えないだろうと。
朝鮮民族には他民族に併呑され同化されることへの本能的な恐怖がある。
そして、同化力の強い日本と言う国家・社会において朝鮮民族としてのアイデンティティの拠り所となるものは「国籍」位しかないのだと・・・

この特異な性質を持った日本と言う国を滅ぼす事、日本と言う国家の起源とも言える皇室を打倒することは、朝鮮民族の民族的命題とも言えるのだ。
もっとも、最近は日本皇室の「権威」を自らに引き寄せようとする動きもあるようだが・・・

ともかく、狂気とも言える「鉄壷の呪法」を行った呪術師は、自らの命を掛けるほどに強烈な覚悟を持って皇室・・・日本と言う国を呪った。
しかし、呪いの対象は、ある意味無限に近い、全世界を敵に回してもなお平然と存続してしまうほどの霊力を持った存在だった。
鉄壷は際限なく「生贄」の命を吸い取る、少なくとも日本国内にいる朝鮮民族にとって非常に危険な呪物となった。
いや、呪術師がこのような陰湿でおぞましい呪法を組み立てたのは、むしろ、それが目的だったのかもしれない。
日本への同化を嬉々として受け容れようとした、反民族的な「親日朝鮮人」を根絶やしにする為の呪法と考えた方が筋が通る。
実際、鉄壷を持ち込んだ呪術師の行く先々で多くの人々が命を落とし、謎の病に倒れた。
どのような経緯で確保されたかは謎だが、鉄壷は回収され、多くの朝鮮民族の命を守る為に日本人の手によって「***神社」に安置される事になった。
封印は功を奏し、半世紀以上の時間が経過した。
当時の関係者はいなくなり、呪いの鉄壷の存在を知る者は居ないはずだった・・・
しかし、***神社は暴かれ、鉄壷は持ち出された。
俺達は、再封印できるか***神社の確認と、柳の元にあるであろう鉄壷を確認しなければならなかった。
俺は木島と共に***神社へと向かった。


67 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:25:36 ID:???0

***神社は雪深い山奥にあった。
車で行けるところまで行き、後は地図とGPSを頼りに徒歩で進んだ。
6時間以上掛かっただろうか?
俺達は岩だらけの川原に出た。
川に沿って上流に向かうと対岸に黒い鳥居が見えた。
川幅は15m程だが、流れはかなり速い。
だが、窃盗団は川を渡っているはずだ。
上流に向かって10分ほど進むと、岩伝いに歩いて渡れそうな場所があった。
俺達は対岸に渡り、鳥居の前まで戻った。
鳥居は高さ2m程の小さな物だった。
鳥居には太い鎖で出来た輪が内側いっぱいに広げて吊るされていた。
鳥居から奥に10mほど進むと焼け落ちた祠があった。
火を放たれてそれ程時間は経っていないのだろう。
焼け跡の生々しさがまだった。
祠の裏は奥行き5m程の人工のものらしい岩の洞穴があり、最奥部には鉄壷が収められていたのだろうか、直径40cm、深さ60cm程の縦穴が掘られていた。
洞穴の中にも火が放たれたのだろう、黒い煤や油の臭いが微かに感じられた。
俺は木島に「どうですか?使えそうですか?」と声を掛けた。
暫く木島は目を瞑ったまま黙っていたが、やがて口を開いた。
「ダメだな、道が付いてしまっている。ここはもう使えない。他の手を考えないとな・・・」


69 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:27:13 ID:???0

日本各地には俗に「パワースポット」と呼ばれる地脈の集結点や、大地の「気」の湧出点がある。
それとは逆に、地脈から切り離され、大地からの「気」が極端に希薄なポイントもある。
仮に「ゼロスポット」と呼ぼう。
このゼロスポットは呪物や不浄な存在を地脈・気脈から断ち切って封印するのに適した場所なのだと言う。
ゼロスポットはパワースポットよりも数が少なく貴重なものらしい。
発見されたゼロスポットは祈祷師や神社などが把握し、監視しているということだ。
この神社も、ある祈祷師のグループが見つけて管理していたポイントの提供を受けて建立されたものだと言う。
朝鮮人の「命」を生贄として吸い取る鉄壷は日本人の神官によって封じられた。
今回、木島が呼び寄せられ、マサさんやキムさんではなく、俺が***神社に赴いたのも「道」が付くのを怖れたからだ。
生贄である朝鮮人が足を踏み入れれば、壷に「命」を吸い取られ、吸い取られる筋道が外界への「道」となる。
窃盗団の韓国人が足を踏み入れた事で、このスポットは聖域ではなくなってしまったのだ。
日が落ち始めていたので、俺達は***神社の洞穴で夜を明かすことにした。
洞穴の奥で寝袋に潜り込んでいると、やがて睡魔が襲ってきた。
浅い眠りに入りかけたところで不意に意識がハッキリした。
だが、体は動かない。
いわゆる金縛りだ。
やがて、ヒソヒソ話す複数の声、赤ん坊の泣き声、女の悲鳴が絶え間なく聞こえてきた。
俺はもう、金縛りや「声」くらいでオタ付くほどウブではなかったが、場所が場所だけに気持ちの良いものではなかった。
俺は徐々に金縛りを解き、立ち上がった。
俗にいう「幽体離脱」と呼ばれる状態だ。
幽体離脱」は、コントロールされた夢の一形態だ。
俺は洞穴の外を見た。


71 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:28:43 ID:???0

洞穴の外にはX字に組まれた木に手足を縛られた血まみれの女が磔にされていた。
手に刃物を持った血まみれの男が、女の耳や鼻、乳房を刃物でそぎ落として行く。
女が表皮の全てを削ぎ落とされて、人の形をした赤い塊になると、男は女の膨らんだ腹に刃物を突き立てた。
凄まじい女の悲鳴。
目蓋の無い女の目が俺を睨み付ける。
男が女の腹から何かを掴み出し、こちらを振り返った。
男が掴んでいたものは臍の緒の繋がったままの胎児だった。
抉り取られて眼球の無い男の顔が俺の方を向くと、男と女、そして胎児が口々に呪文のように「滅ぶべし」と唱え続けた・・・
余りに酸鼻な光景に俺は凍りつき、やがて意識が遠のいた。
俺は木島の「おい」と言う声で目を覚ました。
洞穴の中の気温はかなり低かったが、俺はびっしょりと嫌な汗をかいていた。
ランタンの黄色い光に照らされた木島の顔にも脂汗が浮いていた。
どうやら木島も同じものを見ていたらしい。
俺が木島に「あれは・・・」と問うと、木島は「夢だ・・・だが、現実でもある・・・」と答えた。
夜明けまでは、まだ時間があったが、俺達は眠らずに太陽が顔を出すのを待った。

山を下りた俺と木島はマサさんと合流した。


73 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:29:57 ID:???0

マサさんと合流すると、俺達は鉄壷を買い取った盗品ブローカー、柳の元へと向かった。
俺達は柳の指定したスナックを訪れた。
店は古く、掛かっている曲も昭和の古い演歌ばかりだった。
事前情報によると、柳は50代前半の年齢のはずだった。
しかし、目の前にいる男の顔は明らかに老人のそれだった。
時折激しく咳き込みながらジンロを呷る柳の顔には、誰が見てもハッキリと判る「死相」が浮いていた・・・
マサさんが柳に「鉄壷は何処にある?」と聞くと、柳は「西川と言う男が持って行った」と答えた。
俺は「西川?在日か?」と尋ねた。
すると柳は「いや、アンタと同じ日本人だ。ただね、バックがやばい。ヤツは@@@会の幹部だ」
柳が口にしたのは韓国発祥の巨大教団の名前だった。
確かにヤバイ。
その教団は政界や財界、裏社会とも関係が深い危険な団体だった。
日本を「サタンの国」、天皇や皇室を「サタンの化身」とし、日本民族朝鮮民族の奴隷とすることを教義とするカルト教団だ。
外法を以て皇室に呪いを掛けたとしても全く不思議ではない狂信者の群れ・・・それが、その教団だった。
柳は「俺も色々と訳ありのブツを捌いて来たが、あの壷は極め付きだ。引き取ってくれるなら金を払っても良いくらいだ・・・」
更に、ククッと笑うと、「いきなり大人数で押しかけて、持って行かれちゃったんで、代金を貰ってないんだ」
顔に傷や痣は無かったが、Yシャツのはだけた柳の胸には内出血の痕があった。
いつまでも鉄壷を渡さない柳に業を煮やした西川達は、柳を痛めつけて鉄壷を奪って行ったのだろう。
「あんなものはいらないけれど、只で持って行かれるのは面白くない。欲しかったらアンタ達にやるから取り返してくれ」
マサさんが「判った。そうさせてもらうよ」と言うと、俺達は席を立ち店を後にした。

帰りの車中、後部座席で木島がマサさんに「どうする?」と声を掛けた。
マサさんは「俺は荒っぽいのはキライなんだ。監視をつけて1週間ほど泳がそう。
そうすれば、向こうから壷を渡したくなっているだろう」


75 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:31:39 ID:???0

キムさんの手配で、権さん達が西川家やその取り巻きを監視している間に、西川とその周辺の者達に次々と「不幸」が訪れた。
普通ではありえない短期間に、事故や急病による死が相次いだ。
西川自身も飲酒運転の車に突っ込まれて重傷を負っていた。
「頃合だ」と言って木島は西川の元を訪れ、問題の鉄壷を手にして戻って来た。
木島が戻ってくると、マサさんは俺に紙包みを渡して「柳の所に届けてくれ」と言った。
持った感じ、100万と言ったところか?
俺は、前のスナックを訪れ柳の居所を聞いた。
柳は既に死んでいた。
俺たちが去った後、連日、目が覚めると酔い潰れるまで飲み続け、再び目が覚めると飲み続けると言う生活を続けていたらしい。
柳には家族はいなかったが、別れた女がいた。
俺は女の下に金を届けた。
女は「そう、あの人が死んだの」と、感情の無い声で金を受け取った・・・

戻った俺はマサさんに「壷はどう処理します?***神社はもう使えませんよ?」と尋ねた。
すると木島が「お前、今夜、壷と一緒に夜を明かせ。心を空っぽにして壷を『観続ける』んだ。
お前の思い付いた方法で処理しよう」と言った。
俺は「待ってくれ、西川達は日本人だけど、死人が出ていたぞ?大丈夫なのか?」
鉄壷の周辺で相次ぐ人の死に、俺はかなりビビッていた。
***神社から盗み出されて以来、この鉄壷の周辺で死んだ者は、神社から盗み出した窃盗団が5名。
鉄壷を持ち出した朴と、買い取った柳。
西川と共に自動車事故に遭って死亡した西川の妻。
心筋梗塞で死亡した西川の父親、冬の寒空の下で大量に飲酒して凍死した西川の部下など10名に達していた。
しかも、西川の周辺の死者は皆、日本人だったのだ。
神社の洞穴で見た生々しい「夢」の事もあって、俺はこの鉄壷については、かなりナーバスになっていた。


77 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:33:09 ID:???0

マサさんは「大丈夫だ。お前は日本の神々の加護を受けている真っ当な日本人だ。
壷の中身も、お前に危害を加える事は出来ない。
よしんば出来たとしても、今のお前なら自分の身を守るくらいの力は十分にある。
西川達は日本と言う国や日本民族を害そうとする『邪教』に魂を売り渡して、霊的に日本人ではなくなっていたのさ。
加護を失っただけではなく、裏切りによって日本の神々を敵に回していたんだ。
あの教団の教義を見ろ。あんなものに帰依する輩をお前は同じ日本人と認められるか?
まあ、あの鉄壷を放置したら、今の日本じゃ命を落とす日本人も少なくはなさそうだけどな。
大丈夫だからやってみろ」

俺はマサさんや木島の言葉に従って鉄壷と夜明かしする事になった。
急遽、マサさんがレクチャーしてくれた瞑想法に従って、俺は心を空っぽにして壷を「観」続けた。
やがて、洞穴の中で見た地獄のようなイメージが脳裏に浮かんできた。
真っ赤な灼熱の荒野で磔にされた血塗れの女達とその足元に転がされた赤ん坊。
まず、俺は明るい日差しの真っ白な雪原をイメージした。
次に、雪解け後の春の草原のイメージ。
瞑想によって「スクリーン」に浮かぶ景色は、俺のイメージに従って変化した。
俺は、きれいな女の裸体をイメージしながら女の縄を切り、足元の赤ん坊を女に抱かせた。
すると血塗れの母子は美しい姿に戻った。俺はイメージの中で同じ作業を繰り返し続けた


79 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:34:29 ID:???0

気が付くと、俺と11組の母子の前に、洞穴で観た眼球の無い血塗れの男が立っていた。
血塗れの女が男を見つめる。
我が子の胎児に転生し、自ら封じられたと言う呪術師だったのだろうか?
俺は女達の怯えを感じた。
俺は男に「見ろ、ここはもう地獄じゃないぞ」と語りかけた。
すると、男の顔には目が戻ったが、「・・・滅ぶべし」「・・・を呪う」という男の声が聞こえてきた。
俺は「アンタは日本人に転生しても、日本を呪うのかい?」と問いかけた。
男の意思の揺らぎを俺は感じた。
俺は、先ほどまでの赤い灼熱の地獄を思い浮かべて、「皆、あそこに戻る気は無いってさ。アンタ、あそこに一人で留まるかい?」と問いかけた。
俺の脳裏に「いやだ!」と言う、強い言葉が響いた。
男の姿は消え、目の前に血塗れの女と赤ん坊がいた。
俺は先ほどまで繰り返した「治療」のイメージ操作を行って、男だった赤ん坊を女に抱かせた。
すると、女達は一人また一人と消えて行き、最後の母子が消えて行った。
その瞬間に俺は俺は脳裏で問いを発した。「お前達、何処へ行きたい?」

やがて、景色のイメージが消えて脳裏の「スクリーン」は暗くなり、俺は瞑想から醒めた。
最後に問いを発したときに浮かんだイメージ。
それは陸の見えない、果てしない「海」のイメージだった。

俺はその事をマサさんたちに伝えた。
マサさんは「そうか、判った」と答えた。

俺がマサさんのレクチャーに従ってイメージを操作した瞑想法は、供養法の一種なのだそうだ。
俺には呪術や祈祷の儀式についての知識が無く、「調伏」のイメージが無かった事が成功の鍵だったようだ。
また、長い間神社に封じられて浄化が進んでいた、鉄壷の呪力がまだ余り戻っていなかったことも幸いしたようだ。


81 :呪いの器 ◆cmuuOjbHnQ:2008/07/23(水) 04:36:13 ID:???0

春分を待って、鉄壷の本格的な供養が行われた。
花や酒、果物や菓子を供えた祭壇に僧侶の読経の声が響き渡る。
俺は手を合わせて、瞑想で観た壷の中の人々に、「どうか成仏して、あの世で幸せに暮らして下さい」と祈った。
日を改めて俺達はキムさんのチャーターした漁船に乗って海上に出た。
やがて、船は停船した。
空はよく晴れ、波も穏やかだった。
マサさんが「これで終わりだ。最後はお前の仕事だ」と言って鉄壷を俺に渡した。
ズシッと来る鉄壷を俺は両手で持ち、できるだけ遠くへと海に放り投げた。
大して飛ばなかった鉄壷は、あっという間に海の底へと沈んで行った。
鉄壷を沈めた海に俺達は花束を投げ、酒を注いだ。
手を合わせ、しばし黙祷をすると、再び船のエンジンが始動した。

俺たちを乗せた船は、港へ戻る航路を疾走し始めた。


おわり

 

赤と青の炎

542 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 04:59:27 id:SMU8HFLJ0

それでは、マサさんの元で行った「修行」の話の続き。

呼吸法をどうにかクリアしたPだったが、結局、俺と同じ修行法を行うことは出来なかった。
マサさんの「気力」の消耗が激しかったこと、Pには俺の方法を行う適性がなかった為だ。
俺に行った方法は、丹田の力がある程度開発されている事が前提となる方法だった。
俺とPを分けたもの・・・「丹田の力」の差は日本人と朝鮮人との間ではかなり決定的なものらしい。
日本人は「気」の力を丹田に溜め込む体質であり、朝鮮人は気を極端に発散する体質だそうだ。
朝鮮人の気質は極端に「陽」であり、日本人は極端に「陰」の気質なのだ。
マサさんの修行が目的とするところは、俺達に自分で自分の体に「気」を蓄える術を身に付けさせる事だった。
そして、その蓄えた気を利用して俺達に纏わり付く蟲・・・「魍魎」から身を守る気の操作を学ぶ事だった。

読み進めれば判るが、俺が行った行は武道や武術を応用したものが多く、呪術や祈祷とは縁遠いようにも見える。
しかし、基本的な力をつける修行は、一定の「理屈」に合致させれば、踊りや楽器の演奏、農作業や鍛冶などの工芸作業の中に取り込んで行えるそうだ。
むしろ、そのような一見呪術や祈祷とは縁遠いものに隠して日々行うのが望ましいのだと言う。
武道・武術の形式を用いたのは、マサさんの好みであり、俺に向いた方法だということだ。
他の地域の韓国人とマサさんの出身地ではかなり気質が異なり、体質がかなり日本人に近いそうだ。
確かに、キムさんもそうなのだが、マサさんと同じ出身地の韓国人や在日韓国人には、他の地域の出身者に比べて温和で我慢強い人物が多い。
Pよりも体質がマサさんに近かった俺は、マサさんが行ったものに近い修行を行ったようだ。


543 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:00:10 id:SMU8HFLJ0

マサさんが俺に「気」を蓄える為の行法として教えた物は、意外なことに沖縄空手の基本功である「三戦(サンチン)」だった。
知っている方も多いと思うが、「三戦(サンチン」とは沖縄の那覇手と呼ばれるカテゴリーの空手で行われる「基本功」である。
源流は白鶴拳洪家拳に代表される南派中国拳法とされている。
三戦は、鼻から息を吸い、腹式呼吸で臍下丹田に送った気に腹圧をかけて圧縮する呼吸法に特徴がある。
全身の筋緊張と共に丹田に圧縮を掛けながら、口から独特な呼吸音を出しながら動作を行う。
丹田の力を引き出し、筋緊張に利用する「防御の型」の最高峰である。
三戦で鍛えた空手家の体は鋼鉄のように堅牢となり、並みの突き蹴りなどは全く受け付けなくなり、角材などで殴っても逆に角材がヘシ折れる有様である。
三戦で有名なのは、ゆっくりとした動作と呼吸で拳を突き出すものだが、マサさんが取り入れたのは別のタイプだった。
突きは拳ではなく貫手を使う。
貫手を引きながら素早く丹田に息を引き込み、瞬間的な圧縮を掛けながら鋭く貫手を突き、構えに戻した瞬間に「シッ」という鋭い呼気を吐き、全身を締める。
そして、一歩進んで再度丹田と共に全身を締め上げて再圧縮を掛け、「シッ」と呼気を吐くのだ。
この一吸気二呼気二圧縮の複雑な丹田操作を行うやり方をマサさんは父親から習ったそうだが、元の空手はかなり「荒い」鍛え方をする流派らしい。
マサさんの三戦は前回出てきた「第1の呼吸法」のように、頭の天辺から背骨を通して丹田に気を引き込む。
「霊的な気」を丹田に導引するには、霊的な気を通す背骨の中の「気道」を用いなければならないらしい。
丹田の「圧縮力」は体に負荷を掛けて行うほど高まるようだ。
沖縄では三戦の型を行いながら補助者が全身を拳で打ち据え、蹴りを入れて鍛えたり、重いカメや壷を手に持って行ったりするようだ。
マサさんの所にも、何処から持ってきたのか、24L入りの紹興酒のカメがあり、それを持って行をさせられたりもした。


544 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:00:56 id:SMU8HFLJ0

中国の武術には門派により様々な形式があるが、丹田の力を強化するための基本功が必ずと言って良い程に含まれているそうだ。
逆に、日本の武道・武術は、中国拳法を起源としたり導入した空手の一部を除いて、丹田強化を意識的に行っている流派は余りないらしい。
しかし、空手はもとより柔道や剣道、相撲やレスリングなど、あらゆる武道・武術で日本人は丹田を巧みに使っていると言う事だ。
呼吸により丹田に気を引き込み、圧縮をかけて力を出す「技法」を日本人は本能的に行う民族なのだという。
この「丹田力」は武術だけでなく、呪術・祈祷にも重要な要素らしい。
丹田に蓄えた「気」を「霊力」に変換して利用する事によって、呪術師や祈祷師は術を行う。
朝鮮人に生来的に備わっている「気」自体は非常に強く、日本人や中国人を圧倒しているらしい。
しかしそれは、体を循環して外に発散される「陽」の気であり、丹田力は非常に貧弱なのだという。
丹田力が弱いと気のコントロールは非常に困難になる。
「陽」の気を丹田に送って「陰」の気に戻し圧縮できないからだ。
丹田に気を取り込み、「陰」から「陽」へと気を変換して体を循環させ、丹田に戻して圧縮すると言うという過程を繰り返す事によって「気」の質と「霊力」が高まるらしい。
陽気が溢れてコントロールを失うと感情や衝動を抑えられなくなり、首(正確には喉、甲状腺にあたる部分)を越えて頭に入ると、人は一時的な発狂状態に陥るそうだ。


545 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:03:15 id:SMU8HFLJ0

強い「気力」を持つ朝鮮人は、時々、特定の分野で驚異的な業績を生み出す者が突然変異的に出るそうだ。
朝鮮人経営者には、馬力のあるイケイケタイプの経営者が多いのも、強い「陽」の気を持つ民族的特性なのかもしれない。
しかし、他方で強い「気力」を持ちながら、コントロールする丹田力が弱い朝鮮人は、「頭に気が上って」容易に発狂状態に陥る。
感情や衝動を押さえコントロールする事も非常に苦手で、理性的であるはずのインテリ層や聖職者でも衝動的犯罪を犯してしまう事が少なくない。
ただ、「陽」の気は丹田の「陰」の気を変換し供給してやらないと、あっと言う間に消費されてしまう。
朝鮮人の非常に強い「陽」の気力は長続きしないのだ。
また、発散する「気」の力を補強できないので、一旦気力で圧倒されると持ち直すことが出来ない。
仕事などで韓国人と交渉した事のある方なら感じたことがあるだろう。
韓国人の交渉者は一気呵成にまくし立ててくる事が多いが、こちらが勢いに怯まず、逆に高圧的に出ると意外に交渉が巧く纏まる事多い。
韓国とのビジネスで成功している経営者は、最初に高圧的に相手をやり込めてから理詰めの交渉に入る人が多いように見受けられる。
一番駄目なのは、韓国人の感情論に最初から理屈で対抗する人。
このタイプは韓国側に良い様にやり込められて不利な条件を飲まされるか、交渉が決裂して双方が不利益を被る結果となることが多いようだ。
韓国人の感情論に冷静に理屈で対抗しようとして振り回される日本人、意外に多いのではないだろうか?


546 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:06:11 id:SMU8HFLJ0

特別な丹田強化の行を余り行わない日本の武道・武術だが、丹田に蓄えた「陰」の気を「陽」の気に変換して利用する技法はほぼ全ての流派に存在する。
所謂「気合」である。
丹田で圧縮した「陰」の気を「陽」の気に変換し、鋭い発声と共に瞬間的に集中使用する技法である。
「気合」の効果は科学的にも立証されており、一説では最大30%のパワーの増大が認められるらしい。
テニスなどの球技、ハンマー投げ槍投げ等の陸上の投擲種目、重量挙げなどのパワー種目、その他の様々な競技で「気合」を応用しているアスリートは多い。

丹田力に秀でた日本人の武術は、防御力が非常に高く、攻撃は一撃集中(一撃必殺)型で、「後の先」の術理に最も適合している「静」の武術だという。
中国のものは「陰」と「陽」のバランスを重視して攻守一体を旨とし、陰陽の気の流れや攻守・動作の流れが止ることを極度に嫌うらしい。
ただ、攻撃力・防御力を高い次元で引き出すのが非常に難しく、基本功で培った力と套路等で培った技とを繋ぐ技術がないと只の踊りとなってしまうそうだ。
対する日本武術は「極め」による一点集中により気や動作の流れに「停止点」が生じ、動作が滞る「居付き」を生じやすい欠点があるということだ。
だが、攻撃・防御双方に「丹田力」を含めた力を乗せやすく「使いやすい」のが長所でもある。


547 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:07:15 id:SMU8HFLJ0

それでは朝鮮のものは?
朝鮮の武術は、弓術と解放後に日本の空手から作られた韓国の国技テコンドーが有名である。
テコンドーの達人だという権さんの話では、テコンドーには丹田を強化する、那覇手系の「三戦」のような鍛錬法はないそうである。
元となった空手の流派は極端な「一撃必殺」型らしいが、受け技は豊富である。
「据え物にして打て」と言う言葉があり、型における基本の戦闘法は受け技で受け、相手を捕らえて死に体にしてから打つそうである。
だが、テコンドーは空手から受け技を受継いではいるが殆ど使わないらしい。
これは空手色が強いと言われる北朝鮮系のものや、オリンピックスタイルとは違う権さんが修行したものも共通らしい。
テコンドーは相手の攻撃は基本的に「受けない」そうである。
テコンドーの防御は、ボディワークやフットワークによる「かわし防御」が中心で、それは崩れた相手の「虚」を狙う攻撃の基点でもある。
また、テコンドーの豊富な蹴り技の元となったとされる「テッキョン」は足蹴りにより相手の重心を崩す技法が非常に発達しているそうだ。
テコンドーでは、基本的に運足や蹴りなど、足を使って相手を崩し「気の虚」を探りあい、捉えた崩れや「気の虚」を突いて相手の防御・反撃の暇を与えずに攻め切る。
競技化の為に廃れているが、実践では貫手・爪先による急所攻撃や肘・膝、そして頭突き等、防御を崩壊させた相手を確実に仕留める技が重要なのだと言う。
空手同様の拳足鍛錬や、「気の虚」を探り合い一瞬に突く為の運足と、反撃の暇を与えず防御を崩壊させる手数を出す為のスピードとスタミナが肝要ということだ。
並外れた「陽」の気力を持つ朝鮮人に非常に適合した「動」の武術と言える。
ただ、スポーツ化により相手を捕らえて致命傷を与える技が失われ、防御力が極端に低い為「残念ながら武術としては死んでいる」そうである。


548 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:14:21 id:SMU8HFLJ0

日本人の丹田力の強さは昔から定評があったようである。
中国や朝鮮の呪術師や祈祷師の中には、攫ってきたり買ってきた倭人の娘に子を産ませ、その子に術を仕込んだ者も多いそうだ。
逆に、中国武術の門派には、今でも「日本人に教えてはならない」とされるものがあるらしい。
反日感情や日本人蔑視もあるが、彼らが長い時間をかけて基本功を行うことによって得られる丹田力を日本人は生来的に高いレベルで持っているかららしい。
日本人に技を教えると、丹田力の優位を利用して自らの体質に合わせて改変してしまうらしい。
また、その門派の意図しない方法で力を出し、日本人的な体の使い方で技を使うので正しく習得させる事も困難だということだ。
門派伝来の技を改変し広める日本人の存在は、伝統の技を継承し守ってきた彼らには許し難いもののようだ。
マサさんは、日本が武道・武術大国となったのは、武士による支配も大きいが、日本人のこのような「体質」が背景にあると見ているようだ。
朝鮮人的な身体用法であるテコンドーも、日本に普及すると、日本人的な改変が加えられて全く違ったものに変質するかもしれないと言う事だ。
俺は、権さんにテコンドーの指導を受けた。
蹴り技も確かに凄かったが、驚きを隠せなかったのは攻撃の苛烈さだった。
オリンピックの中継等で見たものとは似ても似つかない非常に攻撃的な、武道と呼ぶには余りに殺伐としたものだった。
ひたすらに攻撃し、効果的に技を行使する為には力の加減などは一切出来ない。
激しい動作や速度の中で動的にバランスを取るので、力を抜いたり速度を落とすと非常にコントロールがしにくいのだ。
一旦攻撃に火がつくと加減や歯止めが効かない・・・何とも朝鮮人的ではないだろうか?


549 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:18:30 id:SMU8HFLJ0

次にマサさんが、俺に「気」の操作法を学ばせる為にやらせたことは「三戦」よりも俺を驚かせた。
それは「立木打ち」だった。
「立木打ち」とは、薩摩の剣術として有名な示現流の稽古法である。
奇声を上げながら素早く、息の続く限り棒で柱を打ちつける。
俺は、丹田に力を込めながらゆっくりと行う素振りで、木刀(棒)を振る動作と丹田の操作を一致させる感覚を身に付けてから「立ち木打ち」の稽古に入った。
この「立ち木打ち」の稽古は「陽」の気を引き出して、人間の身体能力やその他の能力の「リミッター」を意識的に外すのに最適の訓練なのだ。
先に、「陽」の気が頭に入ると人は一時的な発狂状態に陥ると述べたが、逆に発狂状態の人間は激しく「陽」の気を発しているそうだ。
人間は生命力の源である「陽」の気を浪費しないよう、必要以上に「陰」の気を発散されやすい「陽」の気に変換しないように本能的にリミッターをかけているそうだ。
それが、「発狂状態」や激しい感情に囚われた状態になると取り払われて、強い「陽」の気が発生する。
「陽」の気には肉体を賦活化して身体能力を高めると共に、悪霊や魑魅魍魎を弾き飛ばす効果がある。
朝鮮の「泣き女」の風習をご存知の方も多いと思うが、あれは「狂ったように泣く」ことで「陽」の気を発生させ、悪霊から身を守る意味があったのだ。
示現流の「立木打ち」にも同様の効果がある。


550 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 05:19:30 id:SMU8HFLJ0

有らん限りの奇声を発しながら一心不乱に立ち木を打ち続けていると、ある時点から「陽」の気は目一杯に発生しているのに頭の中は冷静な状態がやってくる。
冷静でありながらリミッターが外れた状態。この状態になるまで始めは時間が掛る。
しかし、繰り返しているうちに時間は短縮し、ある時から一瞬で「リミッター」が外せるようになった。
これが出来るようになると、マサさんとの「組手」で臆したり躊躇することなく、一瞬で全力の攻撃が出来るようになった。
「二の太刀要らず」の全力の斬撃を旨とする示現流では、この「初動」の速さは死命を決する重要な要素であったのではないだろうか。
まあ、俺はあくまで「気を貯めて操作する為」に武道・武術の形式を利用しただけなので実際の所は判らないが・・・
俺もマサさんも武術家では無いし、かなり独特な考えと偏見に満ちているので間違いも多いのだろう。
だが、上記のような考えに従った修行は確実に効果を上げて行った。


553 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 06:08:14 id:SMU8HFLJ0

「リミッター」を外して自在に「陽」の気を生み出せるようになった俺は、気を体の中で前後や上下に循環させたり、一点に集中させる訓練を重ねた。
自由に気を動かせるようになると、次に様々な「イメージ」に気を乗せる訓練を行った。
始めは体を気で覆うイメージ。
これが出来るようになると魍魎に体の中に潜り込まれたり、齧られることはなくなった。
次に背骨の中の「気道」から気を染み出させて、部屋全体に満たすイメージ。
これによって、部屋から魍魎を追い出すことが出来るようになった。
最後に、部屋の中に体ごと拡散して、空気のように同化するイメージ。
これは非常に難しく、俺がモノに出来たのは修行を再開し、キムさんと契約してから大分経ってからのことだった。

三戦により丹田に集めた「陰」の気を「陽」の気に変換して体に循環させ、丹田に戻して圧縮することで得られる「使える気」の量は、例えるなら1日にコップ1杯程度である。
その「使える気」をバスタブ一杯に貯めて、溢れ出てきた分。その余剰分の「気」が魍魎を払ったり、或いは呪術に使われる気である。
バスタブは常に「使える気」で満タンにしておかなければならない。
しかし、毎日コップ一杯づつ気を注がないと漏れ出したり劣化したりして失われる分は、使わなくても1日にコップ3杯分くらいになる。
1日休めば3日分後退してしまうのだ。
娑婆に戻って羽目を外した俺は修行を止め、気を浪費し続けた。
その結果、俺は引き寄せられた魍魎に集られ、眠れない夜に怯える羽目になったのだった。


554 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 06:08:55 id:SMU8HFLJ0

修行が進み、俺の気が満ちてくると意識して跳ね除ければ魍魎を遠ざける事が出来るようになった。
さらに、抜け落ちた毛が伸び始めてどうにか人前に出られる位になった頃には、気が貯まり、溢れ出る気によって魍魎が遠ざけられ、夜でも眠る事が出来るようになった。
俺達の修行がある程度進み、マサさんが何日か「結界の地」を留守にしても大丈夫になった頃、マサさんの目を盗んで俺は例の「井戸」を見てしまった。
井戸を塞ぐ黒い石から青い鬼火のようなものが立ち上るのが見え、井戸の中に魍魎や何か嫌な「気」が吸い込まれているのが「見えた」。
誘蛾灯に引き寄せられる虫のように、冷たい美しさのある青い鬼火に魅入られていると、井戸の方から視線を感じ背中に寒気が走った。
次の瞬間、青い鬼火は血のように赤く暗い炎に変わった。
青い鬼火からは嘆きや悲しみ、或いは絶望といった印象を受けた。
しかし、赤い炎からは怒りや憎悪、そして殺意が感じられた。
俺は、見てはならない物を見てしまったことを激しく後悔した。
思えば、あの井戸を凝視してしまった時から俺は「異界」に足を踏み込んでしまったのかもしれない。


555 赤と青の炎 ◆cmuuOjbHnQ sage 2007/12/03(月) 06:10:12 id:SMU8HFLJ0

井戸から強烈な殺意を感じて、俺はそのとき一つの疑問を持った。
あの井戸は何の為に作られたのか。
何年もマサさんと行動を共にし、マサさんがあの井戸に悪霊や呪詛等を送り込むのを何度も目にする内に、その疑問は強くなっていった。
マサさんは普通の「祓い」も出来るのに、何故、危険な「井戸の呪法」に拘るのか?
アリサからジュリーの死を聞かされた晩、俺はアリサと体を重ねながら考えていた。
ジュリーの命を奪い、姜家を断絶に追いやったのは、結局マサさんの施した「井戸の呪法」だったのではないか?
マサさん絡みのクライアントで、ジュリーのように結局助からなかった者は少なくないのだ。
後に俺はその理由を聞かされたのだが、その話は機会があれば語りたいと思う。


終わり

 

炎と氷

903 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 05:19:05 id:kXMhFsZQ0

今夜は、以前書くと言った、マサさんの元で行った「修行」の話。
「傷」の話を投稿した後すぐに書いたのだけれど、俺の文章力の問題で余りに長すぎたのでUPしなかった。
内容も少々問題があるし・・・
4月から10月の終わりまで手元にPCやネットのできる環境がなかったので放置してました。
かなり削って修正したけど、それでもかなりの分量になってしまったので2部に分けました。
毎度の事ながら突っ込み無用と言う事で。

話はマサさんの「結界の地」にいた頃に戻る。
マサさんの所に着いた晩から俺達は毎晩のように「霊現象」に悩まされていた。
日没を過ぎるとざわざわした気配と「声」が聞こえてくるのだ。
何を話しているのかは判らない。
夜が更けてくるにつれて気配はだんだんとはっきりしてきて、やがては肉眼でも見えるようになってくる。
それは、壁を這う黒い虫のように見える時もあれば、透明な靄の様に見えることもある。
3時頃をピークに増え続け、部屋を埋め尽くすのだ。
部屋を埋め尽くす「蟲」は俺達の体を這い回り、皮膚の下に
潜り込んで、シャリシャリ、プチプチ音を立てて俺達の肉を貪る。
むず痒いが痛みはない。
絶対に見るなと言われていたし、恐怖の為に固く目を閉じていた。
自分の体が食い尽くされ、骨にされたと感じた時に夜が明けて蟲どもは消えてゆく。
日の光に晒されて、やっと安心して俺達は眠る事が出来た。


904 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 05:19:44 id:kXMhFsZQ0

そんな恐怖の夜は俺達を急速に消耗させた。
しかし、短期間でカタが着くはずの除霊は予想に反して長期化した。
俺達は呪いの井戸に精気を吸い取られ続けられていた。
このままだと「抵抗力」を持たない俺達の方が生霊の主よりも先にアウトだ。
マサさんが依頼者に修行を施す事は基本的にない。
危険を伴うし、「異界」を覗き、足を踏み入れた者は二度と元には戻れないからだ。
しかし、俺とPの消耗具合から、修行を施すにもタイムリミットが近かった。
マサさんは俺達に選択を迫った。
このままだと俺達は持って1週間。
それまでに除霊が完了すれば良いが、それは望み薄である。
このままだと井戸に飲み込まれるか、結界から出て取り殺されるかしかなくなる。
この地に留まって除霊の完了を待つには、俺達に修行を施して抵抗力を持たせる必要がある。
しかし、一度修行を行えば、一生こういった霊的トラブルから逃れられない体になる。
どうするか、と。
その時の俺達に選択の余地はなかった。
俺達は「修行」を選んだ。


905 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 05:22:05 id:kXMhFsZQ0

修行の第一段階として、俺達は呼吸法をレクチャーされ徹底的に反復させられた。
詳細は省くが、第1は「ゆったりとした呼吸法」。
ひたすらゆっくりと、「頭の天辺から背骨を通して息を吸い、尾骶に貯めて息を止め、背骨を通して頭の天辺から息を吐く」というもの。
吸気・停止・呼気をそれぞれ同じ時間掛けて行う。
通常は各1分間で一息3分間、10息が出来るようになるまでこれだけを続ける。
熟練者、例えばキムさんはこれを各2分間で5息行えるらしい。
尾骶骨に精神集中し、決められたイメージを描き続ける事が必要だが、呼吸の苦しみでイメージを保つ事は極めて困難である。
殆どの者は1分間に達する前に挫折するらしい。
時間のない俺達は各30秒で20息出来るようにと言われた。
俺は、肺活量が最盛期6000cc近くあり、安静にしてだったら、息を一杯に吸って3分間は息を止める事ができた。
しかし、精神集中とイメージをしながらの呼吸法は想像以上に苦しく、各30秒・20息を行った後は激しい頭痛と吐き気に襲われた。

第2に「激しい呼吸法」
眉間に精神集中をしながら、両鼻孔で25回の呼吸を出来るだけ早く深く繰り返し、完全に息を吐ききったら喉・腹・肛門を締める「三段締め」を行う。
限界まで息を止めたら、両鼻孔で息を吸い、息を圧縮して限界まで保持する。
限界に達したら両鼻孔から勢い良く息を吐き、再び25回の素早い呼吸からはじめる。
これを30回行う。
これは過呼吸のせいか、頭の中や目の前がチカチカしてきてキツイ。

そして第3の「逃れの呼吸法」
呼吸や心拍が限界に達してヤバイ時に行う。
鼻から腹式呼吸丹田に息を下ろし、下腹で圧縮する。
圧縮を掛けながら下腹からゆっくり息を抜く・・・これは、空手などでスタミナが切れ、息が上がった時に行う呼吸法に非常に良く似ている。
マサさんの修行法は、武道や武術の応用が非常に多いのが特徴なのだ。


906 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 05:22:53 id:kXMhFsZQ0

ガキの頃から運動馬鹿だった俺はPよりもかなり早く条件をクリアできた。
俺は先に第2段階に進んだ。
俺は第4の呼吸法をレクチャーされた。「丹田と尾骶を連結させる呼吸法」
下腹を引き締め両鼻孔から息を吐き切る。
右手人差し指を眉間に当て親指で右の鼻孔を閉じ、左の鼻孔から首から尾骶骨にかけての「背骨」に息が満ちる事をイメージして息を吸う。
限界まで腹に力を込めて保息し、限界になったら、中指と薬指で左鼻孔を塞ぎ、右鼻孔から吐き出す。
今度は、右鼻孔から息を吸って同様に保息し、左鼻孔から吐き出す。
これを左右交互に3回づつ繰り返すのだ。
マサさんは俺に「明日から3日間道場に篭る。これを飲んで寝ておけ」と俺にボトルに入った、ドス黒い色をした妙な味のする「茶」を飲ませた。
横になると俺はあっという間に眠りに落ちていった。


907 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 05:24:02 id:kXMhFsZQ0

翌朝、日の出と共に叩き起こされた俺はマサさんと共に道場に入った。
第2の「激しい呼吸法」を終えるとマサさんは俺にパチンコ玉程の大きさの黒い丸薬を飲ませた。
正露丸に良く似た匂いで辛い味のする薬を飲んだ後、第4の呼吸法を行う。
第4の呼吸法を行ずると体温が異常に上がり、心拍も相当早くなる。発汗も物凄い。
しかし、その時の「熱」は異常で、炎の中に放り込まれたかのような熱さだったが、汗は一滴も出なかった。
マサさんは俺に着ている物を全て脱いで、床に横になる様に指示した。
横になると第1の「ゆったりとした呼吸法」を各10秒で行った。
ある程度の停止時間をとらなければ行は進まないが、呼吸のリズムが狂うと失敗し、命に関わると言う事だった。
マサさんは俺の眉間に親指を当て、俺の呼吸に自分の呼吸を合わせた。
やがて、マサさんの親指が触れている眉間の部分と尾骶骨の辺りが熱くなり出した。
暫くすると尾骶骨のあたりにモゾモゾとした感触が生じ、それは激しくなり、何かが暴れ始めた。
その「暴れる」熱を持った何かは、やがて俺の背骨を這い上がり始めた。
呼吸法で保息している時に、それはググッと少しずつ這い上がってきた。
やがて、それはマサさんが親指を押し付けている眉間の位置まで上ってきた。
それがマサさんの親指に触れた瞬間、俺の背骨を貫いていた熱の固まりはすう~っと消えていった。
同時に、俺の体温はまた一段と上がり、まるで燃え上がったかのようになった。
しかし、不思議な事に熱を発しているのは首から下だけで、首から上に異常はなかった。
肩で息をしながらマサさんは俺に「茶」を飲ませ、そのまま呼吸を保つように指示した。
俺は呼吸法を続け、やがて意識を失った。


908 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 05:24:53 id:kXMhFsZQ0

翌朝目覚めた時、体はまだ火照っていたが、嘘の様に熱は引いていた。
昨日と同じように呼吸法を行じた。
第4の呼吸法を行う前に、「絶対に噛むな」と言われて、ベッコウ飴のような黄色い飴で薄く包まれた薬を3粒と100cc程の水を飲まされた。
第4の呼吸法を行ってもその日は体は熱くならなかった。
横になって第一の呼吸法を行っていると、急に悪寒が襲ってきた。
マサさんが「寒いか?」と聞き、俺が目で肯ずると昨日と同じ手順でマサさんの「処置」は始まった。
ただ違ったのは、俺の背骨を這い上がってきたのは、今度は氷のように冷たい何かだった。
その冷たい何かは眉間の位置まで到達すると、前日の「熱」と同様に俺の背骨の中から消え去った。
その後に襲って来たものは、そのまま凍死してしまうのではないかというくらいの寒さだった。
マサさんは前の晩よりも疲労困憊した様子で俺に「茶」を飲ませた。
俺は呼吸法を続けながら意識がなくなるのを待ったが、「落ちる」までかなりの時間を要した。

翌朝目覚めた時、俺の体はそれまで経験した事がないほど軽く感じられた。
第1の呼吸法の要領で呼吸をすると、背骨の中をスースーと冷たい風が通り抜ける様な感覚がした。
そして、頭の中にキーンと耳鳴りとは違った甲高い金属的な「音」が響いていた。
ただ、「音」と言っても、それは耳に聞こえるものではなく、あくまで頭の中に響いているのだ。
「音」は視線を動かしたり、何かを集中して見ると音色や音の強さが変わるようだった。
強く集中すればするほど、音は大きくなった。
俺が面白がって「音」を試していると、マサさんが道場に入ってきて俺に声をかけた。
「これからが本番だ。もう後戻りは出来ない。失敗すれば命に関わる。確率は五分五分。集中してくれ」


909 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 05:25:47 id:kXMhFsZQ0

マサさんは俺に赤黒い色をした丸薬を飲ませた。
鉄臭い匂いが口の中に広がる。
次に濃い茶色をした熱い飲み物を湯飲みで一杯。
これは俺にもすぐに判った。すこし他の味も混ざっているが、高麗人参茶だ。
そのまま横になって30分ほど待つと体がポカポカしてきた。
するとマサさんが俺にうつ伏せになれと言う。
俺がうつ伏せになると、マサさんはいきなり俺の尻の穴に指を突っ込んできた。
drftgyふじこlp;@***** な、なにを?!
マサさんの太い指が俺の菊門を探る。そして、いきなり親指を尾骶骨の上辺りに当て、テコの原理でゴキッとやった。
尾骶骨から背骨を通って、電撃が俺の脳天を叩いた。
あまりの痛み、ショックに目の前に星とも雷ともつかない光がスパークした。
マサさんは、そのまま腰から首にかけて背骨に沿って灸を据え、灸が終ると俺を仰向けに寝かせ、体の前面に針を打った。
打った針の頭に灸を着けて線香で火を点けると「呼吸は自然にして、ケツの穴を締めながら眉間に意識を集中しろ」と言った。
マサさんが指を置いた眉間の部分に意識を集中すると、濡れた指でワイングラスの縁を擦ったときのような音が頭の中に響いた。
集中度を高めると「音」は高音になり大きくなった。
やがて、目をつぶっているのに眉間の部分に白い光がポツポツと見え始めた。
光は徐々に大きく、強くなり視界の全てを覆った。
光の眩しさに耐えられなくなった瞬間、頭の中に大量のガラスを一度に叩き割ったかのような音が響いた。
すると、背骨に沿ってゾクゾクするような物凄い快感がゆっくりと登って行った。
射精時の快感などまるで問題にならない強烈な快感だった。
「快感の塊」が頭に達した瞬間、物凄い爆発音を聞いた。
俺は意識を失った。


911 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 06:03:01 id:kXMhFsZQ0

どれくらいの時間が経ったのだろう?
横に目をやると疲労困憊したマサさんが倒れていた。
俺も酷い有様だった。
胸や腹には物凄い量の精液がこびりついていた。
あの強烈な快感を感じている間、俺は何度も射精を繰り返していたようだ。
顔の皮膚も突っ張る。大量の鼻血と精液の一部が乾いたものだ。
目が覚めて暫くするとマサさんが起き上がって、俺の体から針を抜いた。
針を抜き終わるとマサさんは「シャワーを浴びてよく眠れ。目が覚めたらここに来い」と言った。
本宅に戻ってシャワーを浴びて、鏡を見た俺はゲッソリと肉の落ちた自分の姿に驚いた。
70kgから60kgほどまでに激減していた体重は、3日間何も食べていなかったせいもあったが、55kgを僅かに切っていた。
更に翌朝目覚めた時のショックは大きかった。
全身の毛が抜け始めていたのだ。
来た時に剃り上げられたのが伸びて黒くなり始めたばかりの頭髪はもとより、胸毛や脛毛、陰毛まで3日ほどで全て抜けた。
残ったのは眉毛とヒゲくらいか?
抜けた毛はすぐに伸び始めたが、ガリガリでつるっぱげの自分の姿を鏡で見て、俺は大いに凹んだ。


912 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 06:03:49 id:kXMhFsZQ0

俺は前日のマサさんの指示通り、動揺する気持ちを抑えて道場へ向かった。
マサさん正面に胡坐で座ると、マサさんは俺の目の前、50cmくらいの所に掌を広げた。
マサさんは俺に「何が見える」と聞いた。
マサさんの掌が何か透明なベールのようなもので包まれているのが見えたのでそう伝えた。
「これはどうだ?」顔に熱気を感じたので「熱いです」と答えた。
その次は冷気を感じたので「冷たいです」と答えた。
マサさんは特定の指から発する『気』を長く伸ばしたり、気の『色』を変える度に「これはどうだ?」と聞き、俺はそれに答えた。
ふーっと息を吐いてから、マサさんは俺の肩を叩いて「よかったな、成功だ」と言った。

マサさんは俺に様々な注意を与えた。
最も重要なものは「丹田から気が溢れても尾骶に気を流し込んではいけない」というものだった。
ヨガの行者などは呼吸法やその他の行で集めた「気」を尾骶に目一杯溜め込み、気道を一気に駆け上がらせるらしい。
しかし、持戒や瞑想、宗教的な「行」を修めて「煩悩」を滅却してからでないと気が滞り、発狂したり命を落とす危険があるらしい。
マサさんの行った「処置」は丹田に「気」を取り込む為に「気道」を開けるものだった。
「気道」を開く作業は、通常の修行により安全を確保しながらだと最低5年から10年掛る過程らしい。
しかし、それを短期間で終らせるために、危険な薬物を使い、鍼灸により経絡を操作し、無理やり気道に「気」を送り込むと言う博打を打ったのだ。
個人の「丹田」の強さ、キャパシティーにもよるが、丹田に溜め込める「気」の量には限度がある。
日本人は丹田が異常に強い民族らしい。
それに俺は空手やその他の「力」を使うスポーツを色々やっていた。
大きな力を出す時、手足の筋肉や腹筋・背筋ではなく「丹田」を特別な訓練もなしにしっかり使っているのは、マサさんが知る限り日本人だけだそうだ。
俺の処置が成功したのは丹田が強かったからだと言う事だ。


913 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 06:04:38 id:kXMhFsZQ0

丹田から溢れた気は性器の付け根を通って尾骶に導かれる。
尾骶に導かれた気が臨界量を越えると爆発的に背骨の中の気道を駆け上がるらしい。
しかし、世俗的な煩悩にどっぷり浸かった通常人にとっては、それは命取りになるので避けなければならないのだ。
ただ一つ、尾骶から貯まった気を抜く方法がある。
それは、女と交わって精を放つ事だ。
尾骶に蓄えられる気は「性エネルギー」なのだ。
尾骶から気が背骨を登った時、俺が強い性的快感を感じたのはその為らしい。
多くの宗教で、修行者にとって「姦淫」が禁戒となるのは、「悟り」に必要な性エネルギーの損失を防ぐ意味もあるらしい。
だが、裏道を行く者は何処にでもいる。
女と交わって「性エネルギー」を奪い取って取り込む技法が存在する。所謂「房中術」だ。
性器を通して女から盗んだ気を丹田に送る。
だが、「性欲」は人間の持つ「煩悩」の中で最も強いものの一つであり、気の上昇時に命取りとなりかねない諸刃の剣である。
それ故に、邪道・邪法とされるらしい。
また、直接尾骶ではなく丹田に気を送り込むのは、女は「性エネルギー=生命力」を本能的に引き込む力が強いからだ。
気の漏出を防ぎ、溜め込んで置く力の弱い尾骶に接続すると逆にエネルギーを奪われてしまうのだ。
ヨガの行者や房中術を使う連中は「性器の付け根」を通して丹田から尾骶へ気を圧送するらしい。
「性器」の部分は「気」を「性エネルギー」に変換して尾骶に送るポンプの役割をするということだ。


914 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 06:06:31 id:kXMhFsZQ0

俺はマサさんに女から「精気」を奪う技法についてもレクチャーを受けた。
その時注意されたのは、同じ女と行う時は、行為の間隔を1週間以上開けること。
週1回のペースで3ヶ月行ったら、次に行うまでは6ヶ月以上開けることだった。
俺はマサさんの話を余り本気で聞いていなかったし、房中術の話は眉につばを付けて聞いていた。
ただ、娑婆に戻ったら絶対に試してやろうと思ってはいた。

娑婆に戻った俺は、郷里を離れる前、店外でもよく逢っていた「オキニ」の風俗嬢の部屋に転がり込んだ。
前に書いたように「精力」を抜き取られる時の快感は非常に強く、その快感に飲み込まれた状態を「色情狂」と言う。
俺はマサさんにレクチャーされた内容を当時21歳か22歳だったその子で試した。
房中術の話を聞いた彼女も「ヤル!」と乗り気だった。
彼女の中に挿入して暫くの間、彼女は「余裕」だった。
クスクス笑いながらクイクイ締め付けたり腰をくねらせたりして俺を攻め立てた。
しかし、マサさんに習った方法に従って「導引」を仕掛けた瞬間、様相は一変した。
急に余裕がなくなって激しく喘ぎ出し、あっと言う間に逝ってしまったのだ。
彼女曰く、今までに感じたことのないような強い快感が信じられないくらい長く続いたと言うのだ。
逝ったことはあるがこんなに凄いのは生まれて初めてだと。
ここで俺は大きなミスを犯した。
マサさんの警告を無視して、彼女の求めるままに再度そのまま交わってしまったのだ。


915 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 06:07:16 id:kXMhFsZQ0

それから一週間、彼女は正に色情狂だった。
明らかに疲労困憊しているのに何度も何度も俺を求めるのだ。
俺が「導引」を掛けずに交わると気が狂ったかのように「『あれ』やってよお~」と迫るのだ。
彼女は仕事を休み、飯を食う時間、眠る時間も惜しいといった感じで俺を求め続けた。

一週間目の朝、同じベッドの中、隣に眠る彼女を見て俺はゾッとした。
剥き立てのゆで卵のようだった彼女の肌は張をなくし、目尻に皺が生じていた。
弾力があってプリプリとした感触だった自慢の乳は、ハリを失ってフニャフニャした感触になっていた。
そして、何より衝撃的だったのは、綺麗なダークブラウンの髪の根元が数ミリだったが明らかに白髪となっていたことだ。
俺は目を覚まし、また俺の体を求めようとした彼女に「仕事の斡旋で人に会う約束がある。今度は店に行くから、またな」と言って、彼女の部屋から逃げた。

数日後、彼女の店に電話をすると、過労で倒れて暫く休むと言う事だった。
数週間後、郷里を離れてから彼女の部屋に電話したが、その番号は既に使われていなかった。
店に電話すると彼女は退店してしまっていて、結局それっきりになった。


916 炎と氷 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/23(金) 06:08:21 id:kXMhFsZQ0

俺はそのことがあってからヨガや密教関連の書籍を何冊か読んだ。
マサさんの呼吸法はヨーガの物に非常に似ていることが判った。
性エネルギーの話も疑問点は多々あるも、合致する部分は多いと思った。
そして、最も驚いたのは、後に有名になった(当時も有名だったが)ヨーガ・密教系のあるカルト教団の存在だった。
その教団の教祖や幹部は、大金を取って何百人もの信者にマサさんが行ったのに似た儀式を行っていた。
マサさんの儀式を受けた俺だから言える。
あの儀式は術を施す者の気力・生命力を根こそぎ消耗させるもので、一人に施すのにも多大なリスクを伴う。
受ける者、施す者双方にとって命懸のものだ。
適性に欠けたPは、結局ほかの術を受けている。万人に通用する、効果があるものではないのだ。
だが、他方で、教祖は身の回りに何人もの女性幹部を侍らせ、子を設けていた。
死刑判決を受け拘置所にいる彼は発狂した状態だと聞く。
案外、彼の教団で行っていた「行」は、全くのインチキという訳でもなかったのかもしれない。
後に住職に聞いた「『行』を齧った信者が『魔境』に落ちた新興宗教団体」の一つに彼の教団も含まれていたからだ。
彼は、多数の女性幹部を利用して房中術を行っていたが、その強い「煩悩」により自滅し発狂したと考えると俺には納得できる点が多いのだ。

今日はここまでにする。
続きは後日に。

終わり

 

和解

579 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:19:56 id:LxBD1hJJ0

今夜はマサさん、キムさんの出てこない話を書きたいと思う。

この話は「傷」と「邪教」の間の話です。
この事件が切っ掛けとなって、俺はアリサと知り合う事となった。

マサさんの所から帰ってきて暫く、俺は職を失って難儀していた。
俺は「後遺症」に悩まされていて、昼間の仕事が出来ないでいた。
「修行」の結果、毎夜、「霊現象」に悩まされて眠ることが出来なかったのだ。
目を覚まして、呼吸を整えて、気を張り巡らせれば簡単に跳ね除けられる。
しかし、一旦ウトウトし出すとあちこちから湧き出してきた「魍魎」が俺の体に纏わり着き体を齧るのだ。
嫌悪感・不快感だけで実害はない。
だが、皮膚の上や下を這い回る蟻走感に全身が覆われるのだ。
想像してもらいたい。
実害がないからと言って、毎夜大量のムカデやゴキブリに素肌を這い回られる事に耐えられるだろうか?
さらに、睡魔に負けて眠ってしまうと最悪だ。
非常に生々しい夢の中で、「痛み」と共に蟲どもに身を喰われるのだ。
食い尽くされるまで目を覚ます事は出来ない。
そして、冷たい汗にびっしょりと濡れて目覚めた時、時計の針は1時間ほどしか進んでいないのだ。
朝、日の出の光を見ると、緊張の糸がぷっつりと切れて、死んだように眠りに落ちる・・・そんな日々が続いていた。


580 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:20:45 id:LxBD1hJJ0

そんな訳で、俺は昼間眠り、深夜のアルバイトで食い繋いでいた。
しかし、俺の周りでは事故が多発した。
工事現場の警備員をやっていた時には、工事区間の反対側で棒を振っていた同僚の所に暴走車が突っ込んだ。
運送会社で働いた時には、ステージから落下した荷物に潰されて同僚が圧死した。
始めは偶然と思ったが、あるとき、倉庫で働いていた同僚に黒い影が纏わり着いているのを見た。
俺の部屋に湧き出してくるのと同じ「魍魎」だ。
その同僚は、未熟なフォークリフト運転手が崩した荷物に潰され、片足を複雑骨折する重傷を負った。
その時俺は悟った。
俺の周りで起きる事故、それは俺に集ってくる「魍魎」によって引き起こされていたのだ。
これが修行に入る前にマサさんが警告した「一生、霊現象の類から逃れられない体質になる」ということか・・・
俺は絶望で目の前が真っ暗になっていった。

そんな時、俺の元に繋ぎ役のシンさんから連絡があった。
シンさんの紹介の仕事をしないかと言う事だった。
俺は、もう、あの事件の関係者とは接触したくはなかった。
郷里を離れたのもそのためだ。
しかし、このままでは埒が明かない。
俺はシンさんの申し入れを受ける事にした。


581 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:21:37 id:LxBD1hJJ0

シンさんが俺にコンタクトしてきたのは、共にマサさんの元で修行した友人Pの差し金だった。
Pの母親は俺達が戻って暫くして亡くなった。
重度の鬱病であったPの母親は、Pが自宅に戻ってからというもの、日を追う毎に衰弱していった。
そして、Pも見たのだ。
自分に纏わり着いているのと同じ魍魎が、オモニに纏わり着いているのを。
胃癌を患っている父親も長くはあるまい。
俺が戻ってくれば更に沢山の魍魎を引き寄せるだろう。
Pは1日でも長く父親に生きていて欲しかった。
幼い頃から家族ぐるみの付き合いをしており、俺にとってもPの父親は「もう一人の親父」と言える存在だった。
俺が郷里に戻れば、俺に引き寄せられた魍魎がPのアボジの命を削るだろう。
今は無事な俺の家族にも魍魎を取り付かせて不幸が及ぶかもしれない。
俺は二度と郷里には戻るまいと心に決め、シンさんの仕事を始めた。

シンさんの仕事は要するにボディーガードだった。
水商売の女や風俗嬢は、想像以上にストーカー被害を受けやすい職種らしい。
借金の取立てや引き抜きの男・店の女を食い物にしているホストなどをシメたりもしたが、殆どがストーカーからのガードだった。


582 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:22:23 id:LxBD1hJJ0

ストーカー規制法がまだなかった頃、警察は「事件」が起こらなければ全くと言っていい程、この手の問題では動かなかった。
俺の仕事は大繁盛だった。
面白いのは、夜の女たちには「霊感」の持ち主が多い事だった。
勿論、ただの自称霊感持ちの「カマッテちゃん」も多かった。
しかし、水商売でも風俗でも、目立って多くの客を惹き付ける女、太客を何人も掴んでいる女には「本物」も多いのだ。
「きょうこママ」もそんな女・・・いや、オカマの一人だった。
ママは見た目で判るオカマだったが、非常に豪快で魅力的な人物だった。
霊感?の持ち主で、凡そママには隠し事は出来なかった。
その勘の鋭さは、盗聴や尾行でも付けているのでは?と勘繰りたくなるほどだった。
そんなママは、ゲイバーやニューハーフ・パブを3軒ほど経営しており、その何れもが繁盛していた。
売れっ子ニューハーフの子達は性転換済みの子でも、男のマインドを残している子が多い。
逆に、ごく稀に居る本物の女の心を持った子(性同一性障害?)は、殆どの場合、夜の仕事は続かないらしい。
客のニーズに合わなくなって厳しくなる面もあるが、彼女達の心は、普通の女よりもナイーブで傷つき易いのだ。
ニューハーフの子達、特に売れっ子達は接客業のプロとして理想の女を演じているのだが、勘違いする客は「女」の場合よりも多い。
そして、ストーカー男は、彼女達を「女」より一段低く見て、その行動は悪質かつ卑劣にエスカレートしやすいのだ。
以前にも、ママの店の子をガードした事はあった。
しかし今回は少し違っていた。
ガードの対象は以前ママの店で働いていた事のある、今は昼間の仕事に就いている「女」だった。
それがアリサだった。


583 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:23:19 id:LxBD1hJJ0

ママは俺に「あなたの悩みも解決するかもしれないから、他の仕事をキャンセルしてでも請けなさい」と言った。
初めから断るつもりはなかった。
ビジネスで成功しているママだが、ママは決して銭金の為だけに店をやっているのではない。
店の子や、彼女達と同じ悩みを持つ行き場のない子達の居場所を作るという、利他的な動機も大きいというのが周りの一致した見方だ。
強かな商売人だが、大きな「徳」を持ち合わせた人物なのだ。
俺はママの仕事を請け負った。

俺はママに指定されたある事務所を訪れた。
事務所に入り、そこに居た一人の女性に声を掛けた。
「済みません。橋本さんの紹介で伺った**と申します。星野さんはいらっしゃいますか?」
「私が星野です。少々お待ちいただけますか?」・・・彼女がアリサだった。
俺は応接室に通され、そこで出された珈琲を飲みながら待った。
・・・「彼女」が対象者か・・・少し俺は驚いていた。
ママから「凄く綺麗な子よ」と言われていたが予想以上だった。
透き通るような白い肌をした、ハーフっぽい文句なしの美女だった・・・


584 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:24:11 id:LxBD1hJJ0

20分程でアリサが応接室に現われた。
どうやら仕事を切り上げて、事務所を閉めたようだ。
アリサが席に着くと、俺は詳しい事情を尋ねた。
アリサは言い難いであろうことも俺に包み隠さずに話した。
きょうこママへの信頼がそうさせるのだろう。
打ち合わせが終った時にはかなり遅い時間となっていた。
席を立とうとした俺にアリサは言った。
「**さんは信用できる方だと思います。最初、お目にかかった時からそれは判りました。
でも、失礼だとは思いますが、貴方が抱えている問題は私よりも辛くて大変だと思いますが・・・
お願いして大丈夫ですか?
ママに私から話して、他の大丈夫な方にお願いしても良いですよ?」
・・・この女、俺が魍魎に纏わり付かれていることが判るのか・・・
それに、この女も何かに纏わり付かれている感じがする・・・そのことも言っているのか?
「いや、大丈夫。是非請け負わせてください。
ママもこの仕事は私の為になると言っていました。
私も貴女を見てそう感じた。やります。任せて下さい」
その日から、俺はアリサのガードを始めた。


585 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:25:17 id:LxBD1hJJ0

アリサに付き纏っていたストーカーの方は割りと簡単に捕まった。
二度と近付けないように徹底的に痛めつけるのが俺の流儀だ。
恐怖を植え付けなければその場凌ぎとなり、更にストーカー行為は悪質化する。
「朝鮮式」のヤキを入れられた男は、その後はトラウマから便所の「電球」を見ただけで恐怖に震える事だろう。
まあ、今回のストーカー男はそれでも運がいい。
アリサに危害を加えていたら・・・「電球」ではなく「ポッキー」や「プリッツ」を使っていただろう。
免許証を奪い、勤務先その他の個人情報を吐かせ、写真を撮り、誓約書と300万円の借用書を書かせた。
法的には意味のないものだが、もし、再びアリサの身の周りに姿を出したら借用書をヤクザに回し、ストーカー行為の事実を妻子と職場にばらすと脅した。
当分、まともに喋る事も出来ないであろう男は首をガクガク振りながら従った。

とりあえず、俺の仕事は終った・・・だが、恐らく次があるだろう。
次に来るのは、自分の身を守る事は出来ても、祟りや呪いの類を「祓う」術を持たない俺にはどうしようもないものだが・・・
だが、俺はアリサにトコトン付き合うつもりでいた。
俺は「何かあったら遠慮なく連絡をくれ。いつでも飛んで行くから」と言ってアリサと別れた。
そして、予想よりも早く、アリサから救いを求める連絡が入った。

アリサからの連絡を受け、俺は夜の国道をバイクで飛ばした。


586 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:26:09 id:LxBD1hJJ0

部屋に着き、インターホンを押すと恐怖に青ざめた顔をしたアリサが出てきた。
化粧をしていないアリサの顔は相変わらず美しいが、昼間より可愛さが増して見えた。
ストーキングする男の気持も判らなくもない・・・

アリサは俺を部屋に招き入れた。
よく整頓された広めのワンルーム
俺はアリサから話を聞いた。

アリサの話では、俺がストーカー男をシメてアリサの元から離れてから、常に何者かの「視線」を感じるようになったのだと言う。
かなり気にはなっていたのだが、視線に「悪意」を感じなかったので、俺には連絡せずに我慢していたらしい。
しかし、その晩に異変が起きた。
ベッドで就寝中のアリサは、夜中に人の気配を感じて目が覚めた。
部屋の隅に誰かがいる!
しかし、金縛りにあって体は動かず声も出なかった。
恐る恐る立っている人物の顔を見ようと視線を移した瞬間、金縛りは解けた。
灯りを点け、気持ちを落ち着けようとしたアリサは、何者かの強い視線を感じてベランダの方を見た。
アリサが見たベランダに人影があった。
恐怖に駆られたアリサは、真夜中だったが、俺の元に助けを求める電話を掛けたというのだ。


587 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 02:26:58 id:LxBD1hJJ0

後日、念の為、俺はきょうこママに頼んで店の子達の寮として借り上げている部屋の一つを提供してもらった。
アリサの希望もあって、暫く24時間体制でガードする事になった。
昼間は事務所の応接室や駐車場の車の中で仮眠を取り、帰宅してからアリサがベッドに入るまで寝て、朝まで寝ずの番をした。
昼間、事務所で仮眠している時、帰宅してアリサの近くで寝ている時、アリサの言う何者かの「悪意のない視線」を俺も感じることが出来た。
靄に包まれたかのような漠然とした夢の中で、俺は視線の主を目にしていた。
だが、目が覚めると、夢の中で視線の主を目にしたことは思い出せるのだが、その姿は思い出せなかった。

正直な所、アリサのお陰か?蟲のような魍魎が絡み着いてこない、アリサとの共同生活は俺にとって快適なものだった。
しかし、その晩は違っていた。

アリサが眠る横で、俺はスタンドの灯りで雑誌を読んでいた。
すると突然、猛烈な眠気が襲ってきた。
「来たな!」と思って、俺はマサさんに習ったやり方で「気」を「拡げて」、アリサと自分を包むようにイメージした。
すると、「コロコロ」と変わった鈴の音が聞こえてきて、視線を上げた俺の前には、50代半ば位の髪の長い女が立っていた。
感じた雰囲気から、俺はその女を生霊だと確信していた。
以前、Pの実家のラブホテルの一室で、俺に切りつけてきた女と同じ「生々しさ」を感じたからだ。
女は俺のことが目に入らないかのように、アリサの眠るベッドを覗き込んでアリサの頬に手を触れた。
俺は「拡げた」気の力を最大限にした。
その瞬間、女の生霊はフッと消え、俺は叫び声を上げていた。


591 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:04:36 id:LxBD1hJJ0

アリサも俺の声に驚いたのか、目を覚まし、ベッドの上で身を起こして俺の方を見ていた。
俺はたった今見たものをアリサに伝えた。
鈴の音、50代半ば位の髪の長い女、女の顔立ちの特徴、左目尻の少し大きめの泣き黒子・・・
それが多分、生霊である事、更に鼻の奥に微かに感じた消毒薬の匂い・・・生霊の主は病院にいるかもしれないこと・・・
アリサはポツリと答えた「多分・・・私の母です」
アリサは俺に自分の過去を話し始めた。

アメリカで生まれたアリサは8歳までアメリカ、12歳までシンガポールにいた。
父親の仕事の関係だった。
中学校進学時に帰国。母方の祖母の元に身を置いた。
祖母の元には、先に帰国して日本の高校に通っていた兄がいた。
帰国子女としての英語力への過信から入試を楽観視していた兄は、大学受験に悉く失敗し浪人する事になった。
忙しくて不在がちな両親の元、家庭内でしか日本語を話していなかったアリサには日本語でのコミュニケーション能力に少々難があった。
女性的な外見もあってか、中学時代のアリサには友人と呼べる者は居らず、いじめを受け続けていたらしい。
しかし、アリサを決定的に傷付けたのは兄と母親だった。
思春期となり、女性としての性意識と自分の肉体のギャップに苦しんでいたアリサに、受験ノイローゼなどが原因なのだろうか、兄は虐待を加えるようになったのだ。
翌年、再び受験に失敗した兄のアリサへの暴行はエスカレートする。
兄の2浪目の夏、アリサの母親は日本に帰国してきた。
アリサの父親との離婚が成立したのだ。


592 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:05:11 id:LxBD1hJJ0

アリサにとって家庭にも学校にも居場所はなかった。
学校ではいじめられ、家では兄による虐待が続いていた。
祖母は外見が少し日本人的でなく、女性的なアリサを疎ましく思っていたらしく、兄の暴行を見て見ぬ振りしていた。
また、祖母と同様、母親も兄を溺愛しており、アリサには余り関心を示そうとはしなかった。
アリサの精神は崩壊寸前だった。
それに止めを刺したのが母親だった。
兄とアリサの現場を目撃した母親は、虐待を加えていた兄ではなく、被害者であるアリサを激しく叱責したのだ。
中学2年の3学期からアリサは学校へ行かなくなり、進学先も決まらぬまま中学卒業を迎えた。
そして、17歳の時、アリサは家を出た。
大学を中退した兄が帰ってくると聞いたからだ。
今度こそ守ってもらえる、自分が出て行くのを止めてもらえると期待して発した「家を出る」と言う言葉に、母親はこう答えたと言う。
「そうしてくれると助かる。もう帰ってこなくていいから」
母親は実家から離れた所にアパートを借り、かなりの額が入った預金通帳をアリサに渡すと一切自分から連絡を取らなかった。
アリサは18歳になるのと同時に、郷里を離れ、きょうこママの店で働き出した。
兄が帰ってくると聞いて、恐怖で頭が真っ白になった状態で駅のホームに立ち尽くしていたアリサに、旅行中のきょうこママが声を掛けていたのだ。


593 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:05:53 id:LxBD1hJJ0

19歳の時、アリサは大学検定に合格し、同年12月に学費の全額給費制度のある関東の某私大を受けた。
給費生には選ばれなかったが、一般枠で合格したアリサにママは学費の貸与を申し出たが、アリサはそれを固辞した。
預金通帳には4年間大学に通うのに十分な残額があったが、アリサはそれにも手を付けようとはしなかった。
夜、ママの店で働きながら通信制の大学で学び、並行して資格試験の勉強を続けた。
途中一年間、タイで手術を受けた為に勉強は中断したが、その後復帰して卒業。
ママの紹介で入った事務所で働きながら資格の勉強を続けて翌年合格。
合格した年に、使った分を全額戻した預金通帳を実家に郵送している。
そして、アリサの合格を待っていた老所長に、最近、事務所の全権を委ねられたのだ。

アリサの中で家族、そして母親は、既に遠い、それも忌まわしい過去の存在だった。

アリサは声を荒げて「私が何をしたって言うの?これ以上どうしろっていうのよ!いったい何の恨みがあるっていうのよ!」と叫んだ。
顔を覆った手の、細い指の間から涙がこぼれた。
無理もないのだろうが、アリサは母親に呪われていると取ったようだ。
俺はアリサに「生霊とは言っても呪いとか悪霊といった感じではなかった。むしろ、子を想う母親って感じだった。
アリサも言ってたじゃないか。悪意のない視線を感じるって」と言った。
「それじゃ、私にどうしろって言うのよ!」
「アリサは一回実家に帰って、お母さんに会ってみるべきだ。多分、今を逃したら、もうチャンスは無いと思う」


594 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:06:32 id:LxBD1hJJ0

翌日、俺はきょうこママを呼び出してアリサの説得に掛った。
アリサの抵抗は激しかったが、
ママの「このままじゃ何の進展もないでしょ?行きなさい。行って恨み言の一つでも言ってやりなさい」の一言でしぶしぶ折れた。
ママは俺に「アンタも行くのよ!」と言った。
俺達は、ママに借りた車でアリサの実家を目指すことになった。

出発間際に、ママは俺の胸倉を掴んで「アンタとアリサを一緒に行動させているのは、何もエッチさせようって訳じゃないんだからね!
判ってるだろうが、女の涙を拭うのは男の仕事だよ!しっかり、いい仕事するんだよ!」と言った。
更にママは、「判ったよ」と言って、アリサが助手席で待つ車に向かおうとした俺の肩を強く引っ張った。
そして、耳元に顔を近付け、「ところで、実際、アンタ達どうなんだい?ヤッたのかい?」と言い、
「何言ってんだよ、そんな訳ないじゃん」と答えた俺に、
「フン、このヘタレ!しっかり根性入れて、そっちも頑張りな」と言って、グローブみたいにデカイ手で俺の背中を叩いた。

俺は車を走らせ、北に向かった。


595 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:08:43 id:LxBD1hJJ0

高速を降りて国道を暫く行くと、アリサの実家の在る街に入った。
地図によれば、もう町内に入っている。
俺は、実家の詳しい位置を聞こうとアリサの方を見た。
アリサは酷い脂汗をかいており、浅く激しい呼吸で苦しそうだった。
その頃の俺はPTSDという言葉は知らなかったが、アリサの症状はまさにそれだったのだろう。
俺はダッシュボードからビニール袋を出し、アリサにその中に呼吸させた。
過呼吸の応急措置だ。
呼吸が落ち着いたアリサは、震える手で俺の腕を掴み「行きたくないよぉ」と言った。
「それじゃ、とりあえず俺が一人で行ってみるから、アリサは車の中で待ってて」
車を止めたコンビニのレジで道を聞き、買ってきた飲み物をアリサに渡した。
俺が「行って来る」と言うと、アリサは俺の手を握って「早く帰ってきて」といった。

アリサの実家は簡単に見つかった。
同じような大きめの民家の並ぶ通りの一角に星野家はあった。


596 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:09:46 id:LxBD1hJJ0

インターホンを鳴らしたが中から応答はない。
留守か?
もう一度、ボタンを押していると近所の主婦らしい中年女性に声を掛けられた。
「星野さんに御用ですか?」
「はい。でもお留守みたいで。お帰りになられる時間とかわかりますか?」
「星野さんの奥さんは入院中だし、お兄ちゃんは出て行っちゃったし・・・だれも居ませんよ」
星野家は、近所でも余り評判の良くない一家だったらしい。
アリサの祖母が亡くなってからは、引き篭もりだった兄の家庭内暴力は近所でも噂の種だったそうだ。
アリサの兄は、母が倒れてからすぐに家を出たようだ。
アリサの母は、倒れてからもう半年近く入院したままなのだという。

俺は主婦にアリサの母の入院先を聞くと、車に戻り「お母さんは今入院中だって。お兄さんはお母さんが入院してすぐ家を出たらしい。
お兄さんは居ないから大丈夫。病院へ向かうよ?」
アリサは見るからに嫌そうだったが、俺は構わずにアリサの母が入院している病院へ車を走らせた。


597 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:12:05 id:LxBD1hJJ0

入院先は隣の県の大きな病院だった。
病院に着いた時には面会時間は過ぎていたので、近くのホテルに泊まって、翌日面会に行った。
病室は8床程の部屋で、同室は3人程か?
アリサの母は一番奥の窓側のベッドらしい。
カーテンを開け中を覗くと点滴のチューブが繋がったやせ細った「老婆」が寝ていた。
いや、還暦前の年齢だから老婆というのは正確ではないが、痩せ細り血色の悪い、妙に黄色い肌は老人のそれだ。
だが、見ただけで先日の「生霊」の主なのは判った。
左目に特徴的な泣き黒子もある。
そして、もうあまり先は長くない事は誰の目にも明らかだった。

ベッドの前でアリサの母を見下ろしていると、ガッチリとした体格の初老の男が声を掛けて来た。
「お見舞いの方ですか?どういったご関係で?」
アリサが「娘です」と答えると、男は顔を引きつらせて絶句した。

人の気配のせいだろうか?
アリサの母親が目を覚ました。
目の前の状況が飲み込めないのであろうか?
呆けたような顔をしてアリサの顔を見つめる。
アリサが固い声で「お母さん分かる?私よ」と言うと母親はぶわっと涙を流しながら、ウンウンとうなずいた。
男が俺に「少し席を外しましょうか?」と言うので「じゃあ、私も」と言って男の後についていった。

屋上に上がって並んでベンチに腰掛けた。
俺は男に「失礼ですが、どういったご関係の方ですか?」と尋ねると、
「昔、彼女の夫だった男です」
「えっ?アリサの・・・」
「兄の父親です。あの子が出来て、すぐに別れたのであの子に会うのは初めてですけどね。・・・話は聞いていたけど、驚きました」


598 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:13:54 id:LxBD1hJJ0

アリサの母親は、結婚し出産した後も仕事を続け、日本と海外を往復する生活を続けていたようだ。
海外に出張中に夫以外の男と関係を持ってアリサを身篭り、それが元で夫とは離婚し、息子を連れて相手の男と再婚した。
ただ、アリサを身篭ったのは酒で意識がないときの不同意での出来事だったらしい。
アリサの母の不貞とは言えないだろう。
しかし、かねてから夫は妻に仕事を辞め、家庭に入り、子育てに専念するよう諭し続けていた。
そんな折に、不同意の出来事とはいえ、他の男の子を身篭ったのでは修復は不可能だった。
アリサの祖父母と前夫は親子のように仲が良かったらしい。
アリサの母も、本心ではアリサの父ではなく前夫を愛していた。
両親の離婚の結果、兄は優しかった祖父母や父親と引き離された。
生まれたときから1年の半分は海外で、日本に居る時も仕事ばかりで育児を両親と夫に丸投げだった母親は彼にとっては他人同然だった。
そんな母に見知らぬ外国に連れて行かれた上に、新しい父親は家庭には無関心な人物だった。
親元を離れて帰国して、慣れない日本の高校に入学したのは彼自身の意思だった。
アリサ自身に責任のないこととはいえ、日本の星野家においてアリサの存在が憎悪の的となる事は、酷だが、不可避的だったようにも思われた。


599 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 03:15:15 id:LxBD1hJJ0

病院から近いアリサの母の前夫の家に一泊し、翌日、もう一度見舞った後、俺とアリサは帰った。
帰り際、アリサの母親に俺は「どうか、『娘』のことをよろしくお願いします」と言われた。
アリサが母親と何を話したのかは判らない。
ただ、母と『娘』は和解出来たようだ。
アリサの母の満足そうな顔を見て、俺はアリサを連れてきた甲斐があったと思った。
帰りの車の中、俺とアリサはずっと無言だった。
途中、一度だけアリサが口を開いた。
「お母さんね、本当は女の子が欲しかったんだって。・・・初めから女の子に産んであげられなくてごめんねだって」
「・・・そうか」
「・・・うん。・・・ありがとね」

それから暫くして、アリサの母親は亡くなった。
俺とアリサは再びアリサの郷里へと向かった。


602 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 04:07:31 id:LxBD1hJJ0

通夜と葬儀はアリサの実家で行われた。
近所の人と親戚が数名来ただけで淋しい葬儀だった。
お経を上げに来ていたお坊さんが、帰り際、俺に声をかけてきた。
どうしても気になることがあるので、何とか時間を作って寺に来て欲しいと言う。
おれも、このお坊さんに逢った時から何か感じるものがあったので、その日の晩に寺を訪ねた。

俺は葬儀に来ていたお坊さんに案内されて、住職の前に通された。
余り大きな寺ではなかったが、住職には迫力と言うか、物凄い威厳があった。
そこらの葬式坊主からは絶対に感じられないプレッシャーに俺は圧倒された。
住職は俺のことを無言のまま嘗め回すように見続けた。
そして、暫く考え込むと、開口一番、俺に言った。
「お若いの、あんたどこかで宗教的な『行』を齧ったことはないかね?他言はしないから話してみなさい」
俺は驚いたが、この住職は俺の問題解決の糸口になると確信が持てたので、マサさんの元へ行ってからの事を全て話した。
この住職は、中途半端に「行」を齧って「魔境」に落ちた若者を何人も見たことがあるそうだ。
「魔境」は、超能力だの徐霊だのを売り物にして、信者に修業と称して「行」を行わせる新興宗教の信者に多いらしい。


603 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 04:08:17 id:LxBD1hJJ0

住職が例として上げた宗教団体は、そっち方面に疎い俺でも知っている名前がいくつも含まれていた。
☆☆ムや阿★★、☆☆A、★★★光、etc・・・
住職の話によると、以前マサさんにも言われたように、『行』には、一定の法則に従った身体や精神の操作技法と言う側面があるらしい。
あくまで「技術」だから、法則に則った「行」であれば、生理的反応として、ある程度の「験」を得ることは比較的容易らしい。
住職は俺に蝋燭の炎を回転させたり細長く伸ばしたり、リズミカルに伸び縮みさせるといった「念力」を見せてくれた。
住職曰く「やり方さえ理解できれば、子供でも3日で出来るようになる宴会芸」だそうだ。
「霊感」を身に付け、人には見えないもの(霊の類)が見えるようになると言った程度なら誰でも比較的短期間で身に付くそうだ。
また、そういったレベルなら「修行」などしなくても、何かの拍子に目覚めてしまう事も少なくないということだ。
ただ、先天的にそういった力や素養を持っている人は、「本能」として対処しているのでさほど問題はないが、「行」は非常に危険なものらしい。
「験」ないし「力」は、霊魂や魍魎にとっては「暗闇の中の篝火」のようなもので、そういった「悪いもの」を引き寄せるのだそうだ。
素養のない者が「行」を行い、「験」や「力」を得ることは、無防備のまま「悪いもの」に身を晒すことに他ならない。
持つべきでない「力」に翻弄され、「悪いもの」に取り込まれた状態を住職は「魔境」と称しているようだ。
「魔境」に陥るのを避け、そこから脱するには「功徳」を積み、より高い「行」を積む必要があるらしい。
その為には「出家でもするしかないだろうな」ということだ。


604 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 04:11:56 id:LxBD1hJJ0

俺がマサさんにされた事、今の俺の状態は,言わば「エンジンのリミッターを外してフルスペックにした状態」らしい。
リミッターで3000回転しか回せなかったものをレッドゾーンまで回るようにしたが、オイルもガソリンも入っていない状態ということだ。
解決策は「当面、マサさんに教えられた『行』を続けること、金銭やその他の現世的な欲望を原動力とした行動は慎むこと」らしい。
新興宗教団体の『行』が、多くの場合『魔境』しか産まないのは、『現世利益』を原動力にしてしまうことが大きな原因らしい。
『欲』を原動力とした行動は『徳』を減らすものらしい。
逆に利他的な動機に基づいた行動は『功徳』を増やす。
そのような行動を『布施』と言うそうだ。
「だからといって、教祖や坊主に大金を『お布施』したからって功徳なんぞ積めんよw」とは住職の弁。
住職はマサさんを「面白い男だ。他人にこれだけの『験』を施せる力があれば、一代でデカイ教団の一つも興せるだろうに。
『行』への取り組みは普通の宗教家のそれではない。目の黒いうちに是非一度会ってみたいものだ」と評した。

戻った俺は、マサさんに習った「修行」を再開し始めた。
住職の指摘の通り、それは全く以って「宗教的」ではないものだったが・・・


605 和解 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/20(火) 04:13:47 id:LxBD1hJJ0

俺とアリサは部屋の鍵を返しに、きょうこママの店を営業時間の終わり近くに訪れた。
アリサとの共同生活が終ってしまうのは、正直、少し寂しくもあった。

席に座ってきょうこママに事の顛末を話す。
きょうこママは黙って頷きながら俺とアリサの話を聞く。
アリサの元同僚のニューハーフのお姉ちゃん達も興味深そうに聞いている。

俺とアリサが話し終わると、きょうこママが口を開いた。
「面白い話だった。だ・け・ど、アタシの聞きたいのはそんな話じゃないんだよね~」
他のお姉ちゃん達も期待に満ちた目でウンウン頷く。
「アンタ達、あれだけ長~い時間一緒に居たんだから、何かあっただろ?そこの所を包み隠さず詳しく話しなさい」
「何も話すことはありません」
「えー、つまんない~。話せ、全部吐け」お姉ちゃんの一人が煽る。
人の顔を指で突っつくな!
俺はアリサの方を見て「何もなかったよな!」と言い、アリサも頷いた。
「本っ当に何もなかったのかい?呆れたね。タマは付いてるのかい、このヘタレ!」
お姉ちゃん達が同調し、いつの間にか店内ヘタレコールとブーイングの嵐。他のボックスの客も混ざってるし・・・
「アリサ何とか言ってくれ!」
「・・・ヘ・タ・レ」

乱痴気騒ぎは朝まで続いた。
それ以降、アリサは俺の最も親しい女友達の一人になった。

終わり

 

転生


583 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:42:48 id:I4yj/tj40

この話は長い上に後味が劇悪です。
あと、思い当たる人が居たら知らない振りと言うことで。
登場人物が多いので名前を付けますが、当然すべて仮名です。

皆さんは「生まれ変わり」を信じるだろうか?
俺は何となく、そんな事もあるかも、と思っていただけだった。
その日、俺はマサさんとコンタクトを取るために某所に向かっていた。
高速に乗るまで1時間、高速にのって3時間ほど。
その日の朝まで、俺はある「女」と2週間ほど潜伏していた。
落ち合ったマサさんは、韓国と日本での調査の結果と1枚の黄色く変色したモノクロ写真を出した。
俺の背中にぞくっと冷たいものが走った。
その写真の女は俺がガードしていた「女」、ジュリーこと姜種憲(カン ジョンホン)に瓜二つだったからだ。


584 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:43:34 id:I4yj/tj40

話はその1ヶ月前に戻る。
俺はキムさんの会社の権(ゴン)と言う男に呼び出された。
権さんはキムさんのボディーガード4人のリーダーだった。
韓国生まれの韓国人。テコンドーの達人と言う事だ。
他の3人、文(ムン)、朴(パク)、徐(ソ)の3人は在日朝鮮人
同じ空手道場の先輩・後輩だった。

前回の話の後に結んだ俺とキムさんの契約では、権さんと俺は同格扱いだった。
3人は明らか不満顔だった。
権さんに言われて、俺は一番若い徐とタイマンを張らされた。
徐は強かった。
結果は、俺が苦し紛れに入れた頭突きと、鼻への指入れによって痛み分けとなった。
しかし、俺はアバラを折られ、2週間ほど酷いビッコとヨーグルト等の流動食しか喰えない生活を余儀なくされた。
だが、それ以来、俺は3人と意気投合し、彼らの空手道場にも出入りするようになった。
結果的に丸く収まったのだ。
3人は恐ろしく強かった。
素手でも人を殺める事が出来る力を持っているのだろう。
そんな3人は権さんを極度に恐れていた。
刃物のような冷たい殺気と、人を萎縮させる雰囲気があって俺も苦手だった。


585 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:44:26 id:I4yj/tj40

事務所に着くと権さんは1本のVHSのビデオテープ出し、「まずはこれを見てくれ」と言って、テープを再生し始めた。

ビデオの画質はコントラストがキツ目だが、そこそこ鮮明だった。
キングサイズのベッドの上に、フランス人形のようなヒラヒラした服を着た、黒髪の東洋人らしい少女が映っていた。
かなりの美形だ。
歳は14・5歳、いや、もう少し若いか?
男が何かを質問し、少女が答える。
やがて黒い目出し帽を被ったブリーフ姿の肥った白人の中年男性が少女に近づいた。
どうやら、これは違法なキッズポルノの類らしい。
撮影者が動いて様々なアングルから二人を映す。


586 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:45:14 id:I4yj/tj40

それは見ていて最悪に気分の悪くなる映像だった。
やがて、アングルは定点になり、二人の男が一人の少女を犯す映像が延々と続いた。
全裸にせず、着衣のままと言うのがマニアックだった。
肥った中年の白人男性は大きいが硬さのないペニスをしつこく少女に舐めさた。
もう一人の筋肉質の体をした若い白人男性はローションを塗りたくったペニスで少女の尻を突き続けた。
やがて若い男が中年男の尻を突き、少女は突いている男の尻を舐めはじめた。
若い男が中年男性の尻に中出しした精液を少女が肛門から口で吸い出し、掌の上に吐き出すシーンになって俺は吐き気を覚えた。

やがてビデオは終わった。
俺は憮然としながら権さんに「何ですかこれは?」と聞いた。
権さんは「社長たちが仕事をしている間、私と組んで彼のガードをしてもらいたい」
俺の思考は一瞬停止した。・・・彼?・・・誰?


587 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:46:08 id:I4yj/tj40

権さんの話だと、ビデオの男達は変態向けのエロビデオやエロ写真を撮って裏に流していた業者らしい。
そのビデオでは終始スカートを履いていたし、はだけて見えた胸も膨らんでいたので気付かなかったが、少女は・・・少年だったのだ。
この二人の犯罪の発覚は非常にショッキングだった。
モーテルの部屋で惨殺されていたのだ。
死体はかなり凄惨な状態だったようだ。
背後から銃で撃たれたあと、ナイフで切り刻まれていた。
警察によって被害者宅から無数のキッズポルノのビデオが発見された。
犯行現場に残されたビデオカメラに入っていたテープにファックシーンと共に惨殺シーンが映されていた。
違法な児童ポルノで荒稼ぎした鬼畜共は、スナッフビデオに出演してその一生を終えたのだ。
この事件は一時期、児童ポルノ業者が殺された事件として報道もされたらしい。


588 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:47:00 id:I4yj/tj40

この2人を殺したのが彼だった。
ビデオ出演は男娼が多く立つ街角に立っていて目を付けられたらしい。
少年・種憲は「被害者」として保護観察となった。
長い期間、精神病患者として入・退院を繰り返し、保護観察期間が終ると家族と共にカナダに移住した。
キムさんはカナダの在住韓人コミュニティーの紹介でカナダに渡ったのだ。
種憲の家族構成は、養父の白人男性、韓国人の伯母。
夫妻が妻の妹の子供を引き取る形で養子となった。
渡米時の年齢は12歳。
事件は15歳の時に起したものだった。


589 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:47:48 id:I4yj/tj40

俺は権さんに「ボディーガードなら俺より他の3人の方が適任だと思いますが」と言った。
しかし、権さんは「いや、あいつらには無理だ。
奴らは確かに腕は立つ。
ルールのあるスポーツなら私もあんたもまず勝てない。
でも、スポーツマンじゃ駄目なんだ。
パン・チョッパリは、土壇場で芯がないから駄目だ。
今回は使えない。殺されるのが落ちだ」と言った。
・・・酷い言い草だな・・・しかしそんなにヤバイのか?
「詳しい話は社長に聞いてくれ。
正直な所、私はこの仕事を下りたいよ。
虎と一緒の檻に入って見張るようなものだ。マトモな奴には無理だよ」
・・・無茶言うな・・・俺はマトモじゃないってか?・・・それも酷いような・・・

数日後、キムさんが帰国した。
そして、更に1週間後、問題の彼と母親のバーク夫人が来日した。


590 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:49:35 id:I4yj/tj40

キムさんとバーク夫人の話を総合すると、大まかにはこう言うことだった。

彼がバーク夫妻に引き取られたのは韓国で彼が家族を失ったからだった。
彼は9歳の時に当時3歳の弟を事故で失っている。
その後、両親は離婚し、彼は母親に引き取られた。
11歳の時に父親が火事で死亡し、その後すぐに母親も自殺している。
彼の家は父方は祖父の代で一族から絶縁されており、父親に兄弟は居なかった。
母親には親族が居たが、彼の父親とは族譜上の問題があったらしい。
一族の反対を押し切る形で結婚した為、夫と同じく絶縁されていた。
彼を引き取り養育する者は、バーク氏と結婚して渡米した伯母しか居なかった。
バーク夫妻には子供はなく、彼は夫妻に歓迎された。
バーク家に来た当初、彼は一見普通の少年だった。
しかし、すぐに異変は起こった。


591 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 02:50:30 id:I4yj/tj40

バーク夫妻はビジネスで成功を収めており、夫婦ともに多忙だった。
彼の世話は主にメイド?がしていた。
英語も初歩的な日常会話がやっとのレベルであった彼は学校へは行っておらず、家庭教師がついていたらしい。
彼は放置状態にあった。
そんな中、彼は家庭教師を誘惑し関係を結んでいた。
家庭教師は本来はノーマルだったらしいが、種憲とのホモの関係が夫人に露見し解雇された。
やがて彼は街角に立つようになり、例のビデオ屋に拾われた。
女性ホルモンの注射もビデオ屋の手によるものだった。
彼の保護観察期間終了後、バーク家は世間の目を逃れるようにカナダに移住した。
移住後数年、彼の外見は美しい女性の姿になっていた。
そして、バーク家に破局が訪れた。
彼が義父であるバーク氏を誘惑し関係を結んでいたのが伯母に露見したのだ。


592 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:06:16 id:I4yj/tj40

バーク氏はキムさんに「悪魔に魅入られたように、『彼女』の魅力に抵抗できなかった」と語った。
夫人は半狂乱になって種憲を問い詰めた。
彼は何かに取り憑かれたかのように、狂気じみた高笑いをしながら韓国からの経緯を夫妻に話した。
弟の事故死は彼による殺人だった。
高層アパートのベランダから弟を投げ落としたというのだ。
母親と父親の離婚の原因は、彼が父親と関係しているのを母親に見つかったからだった。
母親は、彼の父親が彼を無理やり暴行していたものと思って離婚に踏み切ったが現実は違った。
彼が父親を誘惑し関係を結んだのだ。
離婚後も彼は父のアパートに通い関係を続けた。
ある日、種憲は不眠症となっていた彼の母親の薬を酒に混ぜて父親に飲ませた。
そして、父親が寝付いたのを確認して、石油ストーブを蹴り倒して父親を焼き殺したと言うのだ。


593 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:06:59 id:I4yj/tj40

バーク夫妻は彼を沢山の精神科医やカウンセラーに診せた。
話の内容よりも、彼が一瞬垣間見せた、悪魔に憑かれたかのような狂気に恐れを感じて。
あるカウンセラーが退行催眠という手法で治療を施した時、彼の口から思わぬ言葉が出てきた。
「自分は日本のXX県OO市に住んでいた林善太郎の妻、林サチエだ。
夫が雇っていた朝鮮人、姜時憲(カン シホン)にお腹の子と共に殺された。
姜一族を根絶やしにして、夫と子供の恨みを晴らすために転生した」と言うのだ。
バーク夫人は驚愕した。
姜は彼の父親の姓だった。そして、時憲と言う名は確か、彼の祖父の名だと思い当たったのだ。
彼女は韓人コミュニティーの祈祷師を頼ったが、「これは祓えない」と言われてしまった。
何人かの祈祷師・霊媒師を経て、カナダ在住の貿易商経由でキムさんにこの話が伝わった。
キムさんが北米で、マサさんが日本と韓国で動く事になった。


594 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:07:43 id:I4yj/tj40

マサさんは、まず韓国で姜家を当った。
問題の種憲の祖父、時憲には兄がいた。
姜相憲(カン サンホン)である。彼は韓国で存命だった。
林善太郎、林幸恵は実在の人物だった。

相憲は日本に出稼ぎに来て、材木商を営んでいた林家に雇われていた。
林家の当主、善太郎は人格者としてその地域で多くの人に慕われていた。
朝鮮人の内地渡航が制限されていた折、密入国同然で日本に渡り、行き倒れていた相憲は善太郎に拾われた。
彼は善太郎に感謝し、恩に報いる為に一所懸命に働いた。
善太郎は相憲に信頼を寄せるようになり、国に残した弟も呼び寄せてはどうかと彼に言った。
相憲は弟・時憲を呼び寄せた。
内地に渡った時憲も人一倍頑張って働いた。


595 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:08:26 id:I4yj/tj40

善太郎には親子ほどに歳の離れた後妻の幸恵がいた。
まだ10代で、雇い人の中で一番若かった時憲に幸恵は優しかった。
時憲は幸恵に恋心を抱いていたようだ。
ある晩、善太郎の留守に時憲は本宅に忍び込み幸恵を襲った。
幸恵の悲鳴に家人が殺到し、時憲は他の雇い人達に半殺しにされたようだ。
その時に負った傷が元で、時憲は顔面麻痺で顔の片側が引き攣ったままになった。
相憲は善太郎に土下座をして謝罪し、受け入れられた。
時憲は隣町にある製材所に飛ばされ、年末年始の挨拶といえども本宅に近寄る事は許されなかった。
幸恵が時憲に酷く怯えていたからである。

やがて終戦となった。
善太郎は朝鮮人の雇い人に国に帰るもよし、このまま残って働くもよしと言い、半数ほどが日本に残る事になった。
相憲・時憲兄弟もそのまま日本で働く事になった。
敗戦に街の雰囲気は沈んでいたが、林家に明るいニュースが生まれた。
幸恵の懐妊である。
善太郎にとって諦めかけていた初めての子。
林家は喜びに沸いた。


596 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:09:25 id:I4yj/tj40

そんなある日、善太郎は相憲を伴って遠方へ商談に赴いていた。
非常に大きな商談だったらしい。
商談が纏まり、林家に戻った善太郎と相憲を待っていたのは、とんでもない悲劇だった。

妻の幸恵が暴行された上に絞め殺され、手提げ金庫ごと多額の現金が持ち去られていた。
賊は更に屋敷にも火を放っていた。
それだけではなく、林家の材木置き場にも火は放たれた。
長い間雨が降っていなかった冬の強風の夜、火はあっという間に広がり町を広範囲に灰とした。
戦後の物不足の折、材木不足も深刻で、備蓄の全てを失った林家は契約履行に必要な材木の手当てがつかず多額の賠償を負った。
幸い、雇い人の宿舎は離れた場所にあったので、雇い人は全員無事だった。
大火の晩、姿を消していた時憲を除いて・・・
幸恵殺しと放火は時憲の仕業とされたが、三国人の犯罪に警察の動きは鈍かった。
そして、雇い人の放火で火事を起した林家には町の住民への賠償も圧し掛かった。
林家は破産した。


597 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:10:18 id:I4yj/tj40

相憲は善太郎に暇を請い、捕らえて自首させるべく、時憲の跡を追って日本中を回ったと言う。
ある時、相憲は同じ町で働いていた朝鮮人の男に善太郎の死を聞かされた。
「せめて線香の一本でも」と町に戻った相憲は、町の人々に墓参りも許されないまま石を以って追われた。
町から朝鮮半島に渡っていた家庭は多く、引揚船で戻ってきた引揚者の惨状が広まっていた。
特に女子供の受けた仕打ちを見聞きして、朝鮮人に対する感情が最悪となっていた。
何より、町の名士から受けた恩を仇で返して破滅させた朝鮮人、極悪人・姜時憲の名は忘れられてはいなかったのだ。

暫くして相憲は帰国船に乗って韓国に戻って行った・・・

相憲は朝鮮戦争後の韓国で、日本とのコネクションを活用して貿易商を営んでいた。
ある日、相憲の所に男児を連れた時憲が現れた。
相憲の成功を聞きつけてやって来て「たった2人の兄弟だ云々・・・」と言って、時憲は相憲を頼ろうとした。
相憲の血は逆流した。
相憲は林家を慮って、妻も子も設けなかった。
時憲に暴行され子供を身篭り、結婚させられた歳若い妻と息子がいなければ、その場で時憲を殺していただろうと相憲は語ったと言う。
相憲はかなりの額の手切れ金を「妻と子の為に」渡し、時憲に絶縁を言い渡した。


598 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:11:12 id:I4yj/tj40

マサさんは姜相憲の話を手掛かりに日本に戻った。
林家の菩提寺を訪れたが、林家は既に断絶していた。
マサさんは住職に姜相憲から預かってきた金を渡し、林家の供養を依頼すると共に当時のことを知っている人物はいないかと尋ねた。
住職は金を固辞した。
林家は檀家を追放され、寺の墓地にも林家の墓はもうないと言う事だった。
ただ、林家から檀家総代を引き継いだ大森家は林家の親戚であり、当時を知っているご隠居さんは100歳近くで健在だった。
マサさんは住職の紹介で大森家を訪ねた。

大森家の長老は当時のことを鮮明に覚えていた。
その部落には歳若くして亡くなった死者の背中に筆で名前や家紋を書いて葬る習慣があったそうだ。
そして、文字や家紋の「痣」のある子供が生まれると、死者を葬った家と赤子の生まれた家とは新たに「親戚」となるのだという。
親戚となった両家は子供によってもたらされる福運により発展するのだと言う。
子供の痣は、死者を葬った墓の土を水で溶いたもので7日間洗い続ければ落ちるのだそうだ。


599 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:11:55 id:I4yj/tj40

幸恵の体にも善太郎の手により家紋が墨書されたという。
やがて、全財産を失い孤独の身となった善太郎は、町外れの洞穴に住み着いていた祈祷師の元に通うようになった。
祈祷師と善太郎が洞穴でなにをしていたのかは判らない。
だが、善太郎は妻の死から2年後に発狂した。
土葬された妻の墓を暴き、洞穴で割腹自殺したのだ。
暴かれた幸恵の遺体(骨)の殆どは善太郎に「喰われて」残っていなかった。
幸恵の実家の父親が若者を駆り出して祈祷師を捕らえ、事情を聞きだした。
詳しい内容は判らず仕舞いだが、どうやら善太郎の行動は呪いの儀式だったようだ。
それも、檀家総代が先祖累代と共に寺から追放されるような外法であった。

マサさんは大森家で話を聞くと共に、1枚の写真を貰い受けてきた。
林幸恵・・・女性化した姜種憲に酷似した、若い女の写真だった。


600 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:13:31 id:I4yj/tj40

キムさんに伴われて連れて来られた姜種憲・・・ジュリーは美しい「女」だった。
ニューハーフ、特に性転換して完全に女性化した者の中には、本物の女よりも美しく物腰も女性らしい者が少なくない。
しかし、どんなに美しく優雅な物腰でも違和感は隠せない。
少なくとも、女だけでなくニューハーフともかなり遊んだ俺には判る。
その違和感の部分が堪らないのだが・・・
女性経験のない男性諸氏はニューハーフには近付かない事だ。
ある意味「違和感」とは、若い男が女に抱いている妄想や幻想そのものだからだ。
だが、ジュリーには、その「違和感」がなかった。
精神、いや、魂の根本から女性なのだ。

とにかく、ジュリーの美しさにはゾクッとくる迫力があった。
それは天性の危険な魅力。
この女の為なら破滅するのも悪くはない、と思い込んでしまっても無理はない魅力があった。
まさに「魔力」。
事実、彼女は「女」になる前から、普通の異性愛者だった男も虜にして何人も破滅に導いているのだ。


601 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 03:14:30 id:I4yj/tj40

危険この上ない女だった。
自発的にではなく、砂鉄の中に磁石を放り込まれたかのように、有無を言わせずに引き込まれ、情欲を沸き立たされる「何か」があった。
確かに、ただの空手屋には手に負えまい。
何日も一つ屋根の下にいれば、我慢できずに襲い掛かりかねない。
だが、コイツは猛毒の針を持った食虫植物のような女なのだ。
だからと言って、女でも駄目だ。
どういう訳か、ジュリーは美しさ故と言うわけでもないのだろうが、女から敵視され、しばしば殺意さえ持たれた。
彼女の母親となったバーク夫人でさえ、彼女を押さえ付けて犯していた夫ではなく、ジュリーに殺意を抱いていた。
事前情報の「彼女が誘惑して」と言うフレーズには、バーク夫人とジュリーと関係を持った男達の主観が大きく作用しているのだ。

俺は仕事でストーカーからのガードをしたこともある、ニューハーフのアリサに身の回りの世話の為、同行を依頼した。

アリサは日本人のニューハーフだ。
帰国子女で英語にも堪能。
ジュリーと同様、近親者に慰み者にされた末に放逐された過去を持つ。
さらに、鋭い霊感を持っていた。
アジア系のニューハーフで美しいのは、タイ人と韓国人が双璧だと俺は思っている。
しかし、アリサも「生まれつき」の女にも、ちょっといないレベルの美人だった。
いや、ジュリーもそうだが、神が何かミステイクを犯して彼女達にY染色体を配分してしまっただけで、彼女達はあくまで「女性」なのだ。


606 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:02:10 id:I4yj/tj40

アリサの通訳を介して俺はジュリーに色々と質問をした。
予想通り、ジュリーは「意識的に」男を誘惑したことはなかった。
彼女の主観では、むしろ男に襲われ嬲り者にされ、女からは常に敵意を向けられてきた。
女性に対する恐怖は死んだ母親やバーク夫人の影響が強いようだ。
韓国にいた頃は同級生や上級生の女児から酷いいじめを受けており、大人の男性から性的な悪戯もされていたようだ。
彼女の凶暴な側面が現れたのは、発作的に弟をマンションのベランダから投げ捨てた時からだった。
父親から性的な暴行を受け、母親から激しい折檻を加えられている自分と弟を比べて堪らなくなったと言うのだ。
それ以来、彼女は時々自分自身では制御できない衝動に駆られて行動するようになった。
父親の時も、街角に初めて立ったときも、バーク氏の拳銃を持ち出して使った時も・・・
始めは襲われて無理やりだったのに、そのまま男達と関係を続けてしまったのは、自分を「女」と確認する為だったらしい。
それと、逃げたり拒絶する事に強い恐怖を感じていて、抜け出せなかったとも語っていた。
彼女本来のキャラクターは、気弱で大人しく、いつも他者から傷付けられる事を恐れている、か弱い女性のものだった。
だが、その「いかにも」な性格の反面として内在している彼女の「獣」は凶悪で危険だった。

俺の中の警報装置は、危険!危険!と赤ランプを点滅させっぱなしだった。

父親のバーク氏は「娘」を取り戻そうとして見境の無い状態になっていた。
カナダからの情報では、かなりの金を使って日本で人を動かしている。
凶暴化したジュリーが脱走する恐れもあった。
乗ってきた車も文たちに持って帰らせ、俺達は完全な缶詰め状態で潜伏を続けた。
マサさんが「準備」を済ませ、潜伏中の俺達に連絡してきた時、潜伏開始から2週間を過ぎていた。


609 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:02:55 id:I4yj/tj40

翌朝出発した俺とマサさんは、昼すぎに潜伏場所に到着した。
前日、朴が来た時、ジュリーはかなりナーバスな状態にあったが、その時は落ち着いていた。
同じ境遇で、歳は近いが年長のアリサの存在はやはり大きかった。
俺と権さんだけでは、2週間にも及ぶ潜伏生活は不可能だっただろう。
マサさんは俺に話した韓国と日本で調査した内容をアリサの通訳を介してジュリーに話して聞かせた。
バーク夫妻も俺達も、ジュリーには退行催眠で彼女が話したこと、彼女が林幸恵の生まれ変わりだと言ったことは教えていなかった。
カウンセラーの操作でジュリーも催眠で自分が語ったことを忘れている。
だが、マサさんの話を聞くと大粒の涙をボロボロ流しながら、肩を震わせて泣いた。
マサさんは『寺が林家を供養して、新しい墓を立てることになった。一緒に行かないか』と、たどたどしい英語でジュリーに言った。
ジュリーは「YES」と答えた。
マサさんが訳を話して住職に頼み、檀家総代の大森家が動いて檀家衆を説得したのだ。
役員で反対を表明するものはいなかった。

マサさんとキムさん、ジュリーと俺と権さん、そしてアリサは2台の車に分乗して、林家のあった町に向かった。
俺の運転する車に権さんとアリサ、そしてジュリーが乗った。
ジュリーにとっては、祖父の罪を林家と幸恵に詫び、供養して赦しを得る為の旅だっただろう。
しかし、ジュリーは目的地が近付くと涙を流しながら『初めて来た所なのに懐かしい・・・』と言っていた。
俺は何か予感じみたものを感じていた。


610 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:03:38 id:I4yj/tj40

夕方、町に着いた俺達は、寺の紹介で杉村家と言う旧家に泊めてもらうことになった。
当主の杉村氏は50歳前くらいの男性だった。
ふと、仏間に目が行ったときに俺は気付いた。
杉村家は林幸恵の実家だ。
額に入った若い女の写真。
あれは林幸恵に間違いないだろう。
学校から帰宅した杉村氏の高校生の次女を見たとき、確信に変った。
杉村家の人々も驚いていたが、ジュリーと彼女はまるで姉妹のように似ていたのだ。
ジュリーも杉村家に来て、理由の判らない懐かしさを感じていたようだ。

翌日土曜日、杉村氏に伴われて俺達は町内を見て回った。
ジュリーは言葉には出さないが、見るもの全てが懐かしいといった風情だった。
あちこち見て回って、ある地蔵の前に来た時、俺はぞわっと寒気を感じた。
地蔵の背後には鉄柵と鍵で封じられた深そうな穴がある。
穴からは嫌な空気が漂っていた。
横を見るとジュリーが立ちくらみでも起したように倒れ掛かった。
近くにいた杉村氏がジュリーを抱き止め、その日はそれで戻る事になった。
ジュリーは杉村氏に背負われて杉村家へ戻った。


612 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:04:17 id:I4yj/tj40

翌日の昼頃、俺達は寺の墓地にいた。
林家の墓所だった所で住職が経を上げて、墓地での儀式は思ったより簡単に終わった。
本堂に戻ると其処には縄の囲いと護摩壇が用意されていた。
これからが本番のようだ。
護摩が焚かれ、住職が経を唱えながら火に護摩木を加える。
炎は天井まで焦がすのではないかと言うほど高く上った。
住職の読経は続く。
ぞわっと異様な気配を感じてマサさんを挟んだ位置にいるジュリーを見た。
汗をびっしょりかいてぶるぶる震えている。
美しく整っていた顔は悪鬼の形相だ。
遂に彼女の中の「獣」が目を覚ましたのだ。
彼女は奇声を上げて立ち上がった。


613 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:05:01 id:I4yj/tj40

マサさんは彼女と同時に立ち上がると、彼女の背中をパシーンと大きな音を立てて何度も平手打ちした。
そして、落雷のような大きな怒声で、日本語で叫んだ。
「林幸恵、姜時憲は姜相憲がお前の敵を取って殺したぞ。

姜種憲を除いて姜一族は死に絶えた!
お前の恨み、善太郎の恨みは晴らされたぞ!」
マサさんの言葉を聴いて俺はギョッとした。
マサさんの言葉が終った瞬間、ジュリー=姜種憲はその場に崩れ落ち、意識を失った。

後日マサさんに聞いた話によれば、マサさんが韓国から日本に戻った後、姜相憲は姜時憲を刺殺し、同じ銃剣で首を突いて自殺した。
姜時憲は生きていたのだ。
時憲の居場所を相憲に教えたのはマサさんだった。
そして、相憲に居場所を教えるようにマサさんに頼んだのは、他ならぬ時憲本人だった。
この話には更に裏がある。


614 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:05:47 id:I4yj/tj40

杉村家に戻った俺は、風呂上りの火照った体を縁側で覚ましていた。
すると、杉村氏が俺に話しかけてきた。
「大変だったようですね。ジュリーさん、あの方、昨日も調子悪かったみたいですものね」
「・・・・・・・」
「あなたは日本の方なんですよね。他は韓国の方たち。
どういう縁なんでしょうねえ?
日本で半世紀も無縁仏だった家の供養をする為に韓国の方たちがやってくる・・・
・・・特に、ジュリーさんとは、家の者もそうらしいのですが、何か深い縁を感じます。
昨日も胸を締め付けるような感じが・・・娘に良く似ているからですかねえw」
「杉村さんは輪廻転生って信じます?
私は信じている方なんですけど、縁を感じるということは、案外、前世では近い関係にあったのかもしれませんよ。
こうしてお会いしたのも縁あってのことでしょうし・・・」
「それと、付かぬ事をお尋ねしますが、ご家族に変った形の痣やシミのある方は居ませんか?三角形とかの奴」
「私の腰のところに三角形の痣があります。
子供の頃は随分気にしたものです。
今はレーザーで消せるらしいけど、長年そのままだったし、今更どうこうするつもりはないですけどね。
それが何か?」
「いや、何となく。そんな話をちょっと聞いたものでね」
「ああ、住職さん?」
「はい」


616 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:06:30 id:I4yj/tj40

翌日、俺達は杉村家を後にした。
2・3日の後、ジュリーとバーク夫人はカナダに帰国した。
空港で2人を見送った後、アリサを下ろした車の中でマサさんは韓国での事を話し始めた。
「姜時憲はあの日、幸恵を連れて逃げようとしていたんだ。
幸恵の腹の子は時憲の子だったんだよ。
本宅での事件の後、外出帰りに幸恵は時憲に再び襲われて犯された。
だが何故か、その後も人目を避けて時憲を受け入れていたんだが、それは相憲の身代わりだったんだ。
相憲と愛し合っていた幸恵は相憲の子を望んだけど、相憲は善太郎への忠義から幸恵に指一本触れなかったんだ。
それで、身代わりに時憲が選ばれたということだ。
駆け落ちを拒まれて、自分が兄貴の代わりの種馬にされた事を愛する幸恵に言われて逆上して、思わず首を絞めちまったんだよ。
殺す気は無かったんだ・・・時憲は後悔していた。
だが、火を放ったのは自分ではないとも言っていた。
全ての人に見捨てられ、病気で間もなく訪れる死を後悔の中で待ち続けていた彼が、嘘を吐いているとは俺には思えない。
・・・あの老人は相憲に殺される事をずっと望んでいたんだ」


617 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:07:16 id:I4yj/tj40

その後、俺はマサさんと飲みに出掛けた。
マサさんが酔い潰れるのを見たのはその時だけだ。
酔ったマサさんは死んだ目で語った。
「善太郎と相憲を裏切って苦しんでいた時憲は、同郷の男に酒の勢いで秘密を話していたんだ。
そいつは時憲に『幸恵を連れて逃げろ、お前の子を身篭った女だから絶対について来る』、と焚きつけたのさ。
あの洞穴に住み着いていた男だ。
その男が善太郎をけしかけて、禁呪の外法を行わせたんだ。
裏切り者の幸恵を使って、憎い相憲と時憲の一族を滅ぼす為のとびっきりの奴をな。
護摩の前の晩、俺は洞穴で・・・あの地蔵のところで儀式をやった。
姜種憲、長くは無いだろう」

マサさんは善太郎が割腹自殺した洞穴で、善太郎の悪霊を「井戸」に送る儀式を行ったのだ。
善太郎の呪いの道具である姜種憲=幸恵もやがては「井戸」の中に・・・
俺も久々に大酒を呑んだ。


619 転生 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/12(月) 04:08:33 id:I4yj/tj40

半年もしないうちにジュリーからアリサにバーク夫人の訃報が届いた。
末期癌だった彼女の日本行きは、ある時は憎み、殺意まで抱いた種憲を救うための決死行だったのだ。
だが、彼女の願いは叶わなかった。
2年後、ジュリーこと姜種憲は、ルームメイトと共に養父であったマイケル・バークに撃たれて死んだ。
林幸恵と同じ27歳の冬だった。
報せを受けたその日、俺は正体がなくなるまで飲み続け、アリサと初めて寝た。


終わり

邪教

476 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:44:24 id:EOkTHTFc0

以前、ここに話を投下した者です。
嫌韓の人、かなりぼかして書いたつもりだけれど、思い当たった
某宗教団体関係者の方は読み飛ばして下さい。

ある日、俺は在日朝鮮人の友人Pに呼ばれて郷里に戻った。
Pはガキの時分からの悪友で、一緒に悪さをして回った仲だ。
地元では一番仲の良い友人だったが、Pとはある事件以来距離を置いていた。
P絡みで俺は酷い「祟り」に遭い、韓国人の「祟られ屋」の元に半年も身を置く羽目になったからだ。
そして、その時から俺の人生は狂ったのだ。


477 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:45:39 id:EOkTHTFc0

表向きの用件は前年に胃癌で亡くなったPの親父さんの法事のような儀式だった。
Pの親父さんは俺のオヤジの友人でもあり、俺はオヤジの名代として顔を出した。
儀式の詳細はわからないが、テーブル一杯にたくさんの料理が並べられており、
家督を受け継いだ儀式の主催者であるPが、その料理を一箸づつ先祖に捧げるといったものらしい。
夜、方々から客が集まり、その料理を肴に酒宴が開かれた。

「祟られ屋」の元に行って以来、俺もPも酒も煙草も飲まなくなっていたので宴会の時間は長く感じられた。
そろそろ日付も変わるかと言う時間になって宴会はお開きになった。
客が帰ると広いPの家はしんと静まり返った。
両親が亡くなりマンションを引き払ったPはこの家に一人暮らしだ。
片付けは明日で良いと言ってお手伝いさんも帰してしまっていた。
俺とPは無言のままリビングのソファーに向かい合って座っていた。


478 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:47:24 id:EOkTHTFc0

日付が変わり、1時を過ぎた頃か?
表で車が止まる音がした後、インターホンが鳴った。
Pは玄関に出ると来客を招き入れた。
Pがリビングに連れて来たのは白髪頭の男と30歳前くらいの女だった。
男とは面識があった。
俺とPが祟られ屋の元に行った時の世話役だったキムさんだ。
俺は腹を括った。

祟り騒ぎの時に職を失った俺は、キムさんや祟られ屋の「マサさん」に繋ぎを付けてくれたシンさんの紹介の仕事で食っていた。
Pに呼び出されたのもシンさんの仕事絡みだったのだ。
仕事の内容は、要するに女のボディーガードだった。
しかし、話はそう簡単ではないだろう。
単なるボディーガードなら、一部で非常に有名な「アカ空手」の猛者がキムさんのところに何人もいるからだ。
「祟られ屋」マサさんの所で修行した俺やPが必要な話しなのだろう。


479 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:49:35 id:EOkTHTFc0

女は帰化した元在日3世だった。
日本人の夫と5年前に結婚し、将来子供が生まれたときのこと等を考えて帰化したのだと言う。
それならば、マサさんやキムさんの出番はないはずだ。
女は「イニシエーション」が済んでおり、日本の神々の加護が受けられるので、
トラブルが何であれ、普通の僧や神官、拝み屋で事は足りるはずなのだ。
以前に書いたように、朝鮮民族は日本の神々の加護を受ける事は出来ない。
それは朝鮮人の「血」の宿命であり、日本で生まれた在日でも変わりはない。
しかし、「イニシエーション」を通過した朝鮮人は日本人として日本の神々の加護を受ける事が出来る。
男の場合は日本と言う国の為に血を流すこと、女なら日本人の妻となり子を産むこと。
今の日本ならば、日本国に帰化して日本の「公益」の為に働く事。
日本人としての意識を持ち、その意思を示す行動が必要なのだ。
そして、関門を越えた者の子孫は日本人として、生来的に日本の神々の加護を受けられるのだ。


480 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:51:03 id:EOkTHTFc0

女の異変は父親の死去から始まった。
彼女の父はある宗教団体でかなり高い地位に在ったらしい。
地元の信者をまとめる大物だったようだ。
優秀だった兄は上京して某国立大学を出て、朝鮮籍のまま某大企業に入った。
その企業グループの上層部には教団信者が多数入り込んでいるのだ。
女の嫁ぎ先も彼女の父親が仕切る教区?に属する資産家一家だった。
彼女の父親が生きている間は全て旨く行っていたようだ。
しかし、父親の死後暫くして彼女の母親が倒れ、兄の人格が激変した。
横領により解雇された兄が実家の資産を浪費し、多額の負債を負うまでに没落した。
その兄は詐欺事件と傷害事件を起こし長期収監中なのだという。
さらに、嫁ぎ先も不幸が続き、彼女は第1子を流産。
夫は愛人を作って蒸発したのだと言う。
彼女の父親の死を基点に両家は僅か数年で没落してしまったのだ。


481 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:52:31 id:EOkTHTFc0

仕事の内容は簡単だった。
キムさん達が仕事をしている間、妨害を排除し、彼女と彼女の母親をガードすることだった。
期間は1週間。ギャラは通常の3倍だった。
キムさんは同様の事案を何件も処理した経験があったようだ。
キムさんと彼女がどうコンタクトしたのかは不明だが、キムさんは過去の経験と自分の見立てを彼女と彼女の母親に話した。
キムさんの指摘に思い当たる節があったのだろう、彼女の実家と嫁ぎ先両家は教団を脱会した。
彼女の実家の家屋敷は教団の「教会」として教団名義になっていた。
彼女が生まれる前に教団に「布施」として寄進され、教会長として彼女の一家が住み続けてきたのだと言う。
脱会した今、教団は彼女の一家を追い出しに来る。
彼女の父親もそうやって信者の家屋敷を収奪してきたのだ。
しかし、今回の目的は違う。
キムさんの「仕事」を妨害してある物を奪い取りに来るというのだ。


482 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:53:57 id:EOkTHTFc0

約束の日、俺はキムさんに伴われて彼女の実家に向かった。
近くの路上には離れた位置に短髪の男達が乗った車が2台停まっていた。
キムさんの会社の社員だろう。
門をくぐって屋敷に入った。
3・400坪はあるか?
門をくぐった時から嫌な感じがした。
確かに尋常ではない、何かがあるようだ。
キムさんと共に俺は仏間に入った。
其処には大きな仏壇があった。
初めて見るタイプの仏壇だった。
俺に宗教の知識は乏しいが、その宗派の「本尊」は仏像の類ではなく、所定の地位に在る僧の書いた書付なのだ。
仏壇の中には書付の入った箱?が入っている。


483 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:54:59 id:EOkTHTFc0

仏間には猛烈に嫌な空気が流れていた。
仏壇を見ていると全身から生気を抜き取られているかのような脱力感に襲われた。
しかし、それ以上に嫌なのは、仏壇の対面にある船箪笥の上に置いてある黒い小箱だった。
何か嫌な気がその小箱から仏壇へと流れている感じがした。
かなりヤバイ物なのは俺でも判った。
箱の中には何があるのか。
俺は箱の蓋を開けたくなった。
箱に手を伸ばそうとした瞬間、不意に横から声を掛けられた。
「おい、その箱に触るなよ。どんなものか判るだろ?」
声の主はマサさんだった。
俺はハッとして手を引っ込めた。
箱に魅入られてしまったらしい。危なかった。


484 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 02:55:56 id:EOkTHTFc0

「久しぶりだな」
「ご無沙汰してます」
「大分鍛えたようだな」
「おかげさまで」
「うむ、それじゃあ仕事の説明をしようか」

マサさんの話によると、あの仏壇には元はかなりランクの高い「本尊」が入っていたらしい。
問題の教団が出来るよりもかなり前の時代からあった霊格の高い本尊だったようだ。
それが依頼者の父親の葬式の時に偽物と摩り替えられたらしいのだ。
教団は本尊を作る権原のない者によって作られた「偽本尊」を信者に広くばら撒いているのだが、
この偽本尊はある細工をすることによって「親」となる本尊へと運気や功徳を吸い上げるようになっているのだと言う。
信徒の本尊には教団の母体の宗派で作られた真正な本尊もあったのだが、教団の幹部は
ある時は騙して、ある時は盗み出して本尊を偽本尊に置き換えていった。
末端信徒の偽本尊は言わば「ストロー」であり、細工された親本尊は吸い上げた運気や功徳を溜め込む「甕」なのだという。


485 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:01:34 id:EOkTHTFc0

これは朝鮮半島に伝わる呪法の一つで、両班と呼ばれる支配階級が支配地域の平民や白丁と
呼ばれる賎民から運気や精力を奪うものなのだと言う。
用いられる呪物は何でも良い。
神具・仏具、壷や宝石、書物・刀剣・衣服、何でも良いのだが、呪法を掛けられた者が呪物を大切に扱うことが条件となる。
この呪法の輪に取り込まれた者は、呪法の頂点にある者に運気・精気・功徳を吸い上げられ、
上位にある者を決して越える事が出来なくなるのだ。
朝鮮の支配階級が下克上を防ぐ為に編み出した強力な支配呪法なのだという。
この呪法は李朝滅亡と共に一部流出した。
韓国で、ある古い文書(漢文)を調べると知る事が出来るらしい。
呪法自体は非常に簡単なものらしいのだが、効果が絶大なだけに反作用も非常に強力で、
両班でも実際に呪法を用いた者は少なかったらしい。
簡単に運気や功徳を集められる反面、厳しく持戒しないと欲望の歯止めが利かなくなり
悲惨な破滅を招くのだ。


486 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:03:27 id:EOkTHTFc0

欲望は呪者の精神レベルによって異なるが、レベルが下がるにつれて支配欲・金銭欲・
食欲・色欲と欲望のレベルが下がり、際限なく強くなり歯止めがなくなる。
欲望を抑える自制心の無い者は、より下劣な欲望に飲み込まれて破滅してしまう、非常に危険な「禁呪」なのである。
韓国人の宗教家の多くはこの呪法を知っていると言う。
大多数の者は忌避しているが、積極的に利用している教祖、既存の教団に潜り込んで使っている宗教家は少なくないのだと言う。
宗教家以外でも教育家、実業家、政治家などにも応用している人物は多く、多くの者が壮絶に自爆する末路を辿るのだと言う。
韓国人であるマサさん曰く「朝鮮人を組織に入り込ませること、組織において高い地位に置くことは大きな破滅を招く」そうだ。
今回問題となった教団もまた朝鮮人の侵食を受け禁呪に汚染されてしまった組織だったのだ。


487 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:05:39 id:EOkTHTFc0

俺はふと疑問を感じ、マサさんに質問した。
「運気や功徳とやらを多くの人間から吸い上げていると言っても無限ではないでしょう?
吸い上げ尽くして、消費し尽くしたらどうなるんですか?」
マサさんは暗い顔で「回復不能の大破滅しかないだろうな。だからこの呪法は禁呪として、
自制心のある知識階級の両班の秘法とされて来たんだ。だけど、欲望の赴くまま際限なく
拡大している馬鹿が何人居る?思い当たる人間が何人もいるだろう?
言いたくはないが、朝鮮人は人類の癌細胞だよ。もうどうしようもないね・・・」
先祖代々、呪詛の掃き溜め扱いされてきたマサさんが祖国である韓国や、同胞である朝鮮人
良い感情を持っていないことは半年間生活を共にして知っているつもりだったが、強い言葉の
調子にマサさんが同胞に抱いている絶望感の深さが覗われた。
俺はそれ以上言葉を発する事は出来なかった。


488 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:06:27 id:EOkTHTFc0

「本尊の方は私が処理するよ。仕事自体はそう難しいものではないからね」とキムさんが言った。
「まあ、日本人の拝み屋さんの方が上手だと思うけど、同胞の不始末だからね。
日本人や日本に親しみを持っている韓国人は少なくないし、在日の殆どの人は日本人と
仲良く暮らしたいと思っているんだよ。君とP君は子供の頃から大の仲良しだったろ?
日本人に迷惑をかけている同胞を見て心を痛めている人は多いんだよ。それは判ってね」
日本人でありながら在日社会のトラブルに首を突っ込んで飯を食っている俺に返す言葉はなかった。
「儀式が始まったら正気でいられるのは我々3人だけだと思うから。屋敷に入ってきた奴は手加減せずに叩きのめしてね」

「問題は俺の方だな」とマサさんが口を開いた。
おもむろに黒い箱の蓋を開いた。
中には泥団子のようなものが入っていた。


489 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:08:04 id:EOkTHTFc0

「思い当たる事はないか?」
・・・泥団子?・・・あっ!
思い当たる事があった。
マサさんの所で聞いた、財運など世俗的な欲望を叶えるかなりヤバイ外法の話を思い出したのだ。
仏像や経本(聖書など)を焼いた灰を糞尿と畜生の血に混ぜて、土と練り合わせたものを1万人の
人間に踏み付けさせて作った粘土で仏像を作って礼拝する呪法があるのだ。
一旦礼拝を始めるとあらゆる幸運が訪れるけれども、礼拝を1日でも欠かすと一家を滅亡させるという禁呪だ。
話だけなら他でも何度か聞いたり読んだりしたことのあるものだ。
俺がこの屋敷の仏間に入った時に感じた箱から仏壇へと流れる嫌な気の流れは、泥の呪法が
集めた「運気」を仏壇の偽本尊が吸い取る流れだったのだ。
「かなりエゲツないやり口ですね」と俺が言うと、
「俺らしい仕事だろ?使われた灰は・・・盗み出してすり替えた古い信徒の家の本尊だな」とマサさんは言った。
「儀式は?」
「本尊と禁仏の力が共に最低なるのは明後日の晩だ。次の一致日は半年以上先だ。
チャンスは一度きりだ。キッチリ押さえてくれ」


490 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:10:28 id:EOkTHTFc0

そして儀式の晩。
俺は女と女の母親のいる寝室の前で安全靴を履き、手にはサップグローブと呼ばれる200g程の
鉄粉の入った皮手袋を嵌めて警戒に当っていた。
夜明けまで侵入者を排除して儀式を行えば仕事は無事終わる。
午前零時に始まった儀式は3時を過ぎて半分が終わった。
安心しかけていた3時30分ごろ、屋敷の外から人の争う怒声が聞こえた。
屋敷に侵入しようとした男が邸外で待機していた空手屋たちに捕まったらしい。
近所の住民が通報したのだろうか?
回転灯の赤い光が外から僅かに入って来ていた。

仏間の儀式は佳境に入ったようだ。
外の騒ぎも収まったようなので女と母親が寝ている寝室をのぞいてみた。
襖を空けた瞬間、俺は異様な気配を感じた。
寝たきりのはずの母親が介護ベッド上で上半身を起こしカッと見開いた目でこちらを睨み付けている。
ベッドの横の布団の上では女が体をクネクネとくねらせていた。
女の寝巻きがはだけて形の良い胸が棗球の明かりに照らしだされた。
下穿きの股間には大きな染みが出来ていた。
かなり長い時間、自慰に耽っていたようだ。


491 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:13:07 id:EOkTHTFc0

荒事にはかなり慣れているが、憑物のついた人間を見るのはその時が初めてだった。
かなり異様な雰囲気だった。
上着を脱いで女が抱きついてきた。
唇の端からよだれを垂らした口でキスしようとしてくる。
女はかなり可愛い顔立ちをしていたので普段なら喜んで相手をするところだが、今はそんな事をしている
場合ではないし不気味な歪み方をした女の表情に欲情できるものではなかった。
しかし、俺の体は理性とは裏腹に激しく勃起していた。
しかも、醒めた理性とは別の所で激しい性欲が起こっていた。
憑物から身を守る方法を知っていたから、俺は激しい性欲が自分の物ではないことに気付く事が出来た。
しかし、普通の男なら、例えば外にいる空手屋だったらたちまち性欲に飲み込まれて、
布団の上で女とSEXを始めていたことだろう。
少なくとも、以前の俺なら大喜びで女の体を貪ったはずだ。
女は何度引き離しても抱きついてきた。
俺は柱時計を見た。
時間は4時40分を過ぎたところだったか?
俺は女を押し倒し袈裟固めで押さえつけた。
・・・6時少し前、儀式は終わった。


492 邪教 ◆cmuuOjbHnQ sage New! 2007/11/03(土) 03:13:50 id:EOkTHTFc0

いつの間にか、女は動かなくなり微かに寝息を立てていた。
母親もベッドに横になっていた。
外から朝日が入ってきていた。
襖の外には汗をびっしょりとかいたマサさんとキムさんが立っていた。
マサさんが「おっ?女とヤラなかったんだな。偉いぞw」
「女癖の悪い男だと聞いていたけれど、なかなかどうして、がんばったねえw」とキムさん。
「ふん。合格だな」
どうやら、今回の仕事は俺のテストを兼ねていたらしい。
この時を境に、俺は借金の取立てや、飲み屋のホステスや風俗嬢のガードではなく、
キムさんやマサさんのアシスタント的な仕事をするようになった。
結局、俺の運命はマサさんのところで修行をしたことで決定的に変ってしまっていたのだ。


終わり